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生涯学習:地域交流・国際交流

創立100周年記念公開講座 -超スマート社会の実現を目指す最先端の科学・技術研究-(第2回)

電気通信大学は2018年に創立100周年を迎えます。この記念事業のひとつとして、2017年6月から全6回の公開講座を実施いたします。

21世紀スマート輸送機器開発をめざしています -課題解決型研究の展開-

前川 博 教授(機械知能システム学専攻)

「流れ」の科学とは?

高校生のみなさんが、物理で習う「斜方投射」では、ボールを遠くに投げたときに放物線を描いて飛んでいきます。しかし、実際にボールを投げた場合は異なります。なぜでしょうか? ボールが飛ぶときには「空気力」、つまり空気抵抗があるので、放物線よりも飛距離が短くなります。
空気抵抗を考慮した物体の運動は、電気通信大学では1年生の物理学概論で学びます。
物体の周囲で空気がどのように動いているのか。円柱の周りの空気の動きを見てみます。ある方向からの空気の流れ中に円柱を置くと、空気は円柱の表面に沿って、ゆっくりと流れていきます。流れの方向に対して、左右対称の流れを作ります。流れの速度が比較的小さい場合に、小さい範囲で見ると、空気の粘性抵抗がこのような層状の流れを作ります。
このように、流れの中に物体があると、流れがどのように変化するのかを実験するのが「風洞実験」です。電気通信大学機械系では、学生が一人ひとり異なる卒業研究テーマで風洞実験に取り組みます。大学院生は、鉄道総合研究所にある大型の風洞実験装置を使用して実験を行うこともあります。
電気通信大学の風洞実験装置は小型ですが、ゆっくりした流れや、局所的な流れの研究に適した高性能な実験設備です。

「層流」と「乱流」の不思議

ゆっくりした流れのときには、空気は層状に流れました。では、速度が速くなってくるとどうなってくるでしょうか。抵抗の法則は速度に依存して変わります。
抵抗係数とレイノルズ数の関係を見てみます。抵抗係数は抵抗の大きさ、レイノルズ数はここでは速度だと考えてください。
流れが遅いとき、つまりレイノルズ数が小さいときには、抵抗係数は大きいのですが、速度が速くなってくると、抵抗係数は徐々に小さくなっていきます。そして、レイノルズ数が10の4乗くらいになると、抵抗係数は変化しなくなります。さらにレイノルズ数が大きくなると、臨界レイノルズ数と言いますが、抵抗係数は急激に小さくなります。

この理由は、電気通信大学では3年生で学習します。
これは、現実の社会とはどのようなつながりがあるのでしょうか。
例えば、野球のボールを考えてください。ピッチャーが投げたボールは回転しながら飛んでいきます。回転する物体では、回転方向で圧力差が生じます。また、回転数でも圧力差が変わります。大リーガーが投げるボールの回転数は毎分2000回転くらいの凄い回転数になるので、圧力差も大きくなります。この圧力差を利用したのがカーブなどの変化球です。
表面にデコボコのない真球では、レイノルズ数が小さいときは理論通りの実験結果になりますが、レイノルズ数が大きい場合や表面が滑らかではない球体周りの流れはこれまでの理論では予測できないので実験結果を使って調査しています。ゴルフボールのように、表面に凸凹(ディンプル)がある場合は抵抗が小さくなり遠くまで飛びます。
では、球形ではなく、流線型の場合はどうでしょうか。前が大きい丸い場合と後ろが大きい上下対称の形状では、どちらの抵抗が小さくなるでしょうか。
これはダ・ビンチの自然界を観察したスケッチにもあって、先端が丸い方が抵抗が少ない。実験結果も同じになります。
このような物体における流れの抵抗が小さいことを利用したのが飛行機の翼です。最も重要なことは、抵抗が小さな翼の上面と下面の圧力差を利用した流れと垂直方向の「揚力」が発生することであり、その揚力は非常に大きく飛行機は飛ぶことができます。これは、100年前にジューコフスキーとクッタ―が揚力の方程式を提唱して、実験で見事に証明されました。揚力と抗力の比を揚抗比と言いますが、スライドで示した二次元翼形状では揚抗比が100近くもあります。実際の航空機では有限スパン幅の影響で誘導抵抗が発生するので抵抗はもっと大きくなります。

より早く走る新幹線を実現するために

流れと実社会のつながりの例をもう一つ紹介します。
JRは、現在の時速320キロよりも速い、時速360キロで走る新幹線を開発しています。新幹線を高速化するためには、安全性、安定性、環境性、快適性、メンテナンス性、さらに、安全のためのブレーキ性能など、さまざまな技術を開発する必要があります。中でも高速走行では騒音が問題になります。
新幹線の騒音はどこから出ているのか。それを調べるために、模型を作って研究しています。また、実際の車両で測定も行っています。
騒音源を特定していくと、新幹線が通過する際の圧力変動が騒音の原因であることが分かってきました。低周波の圧力波です。
実は、新幹線の速度によって、騒音の質はかなり異なります。新幹線のさまざまな騒音を測定して、周波数を分析した結果、遠くまで伝わる騒音の周波数が分かってきました。 時速500キロで小型模型を使って室内実験した場合、数キロヘルツから数十キロヘルツの周波数帯の騒音が遠くまで届くことが分かりました。実際の新幹線では数十ヘルツから百ヘルツ程度の周波数帯になります。インフラサウンドとも呼び、新幹線の通過に伴い遠方で民家の窓ガラス等をガタガタさせるので、次世代新幹線における環境適合対策の一つとして位置づけられおり、新幹線の高速化にはこれらの周波数帯の騒音を効果的に防ぐことが必要なのです。

「計算流体力学」で流れの仕組みを解明する

ここまで模型を使った実験を紹介してきましたが、模型を使わないで研究を行うこともできます。微分方程式を使えば、計算機で流れの研究が行えます。
電気通信大学では、1年生の最初に常微分方程式や波動方程式を学びます。1年生で学ぶこれらの常微分方程式や偏微分方程式は解析的に解を求めることができる数理物理学における基礎的(初歩的)な微分方程式です。流体力学を支配する偏微分方程式は限られた場合を除けば一般に解析解を得ることはかなえられていません。大きな理由は流体運動を支配する微分方程式は強い非線形の性質があるからです。計算機の発達はめざましく、また計算アルゴリズムの進展も著しいものがあります。非線形偏微分の方程式も計算機で計算できる形に離散化でき、現在では様々な流れ現象をとらえるための計算ができるようになりました。そのような解法が一般的に難しい偏微分方程式でも、その数学的基礎や計算アルゴリズム、そしてプログラミングを勉強し、実際に4年生になって具体的な問題が自分で解けるようになります。
質量保存の法則、運動量保存の法則、エネルギー保存の法則、及び、3つの保存則を補完する補助方程式で表された法則を使って、起きている現象の数理モデルを構築していくのが、物理学の基本です。数理モデルを支配する微分方程式系を数値的に高精度で解くことで、現象の解析ができるようになります。
ここで計算流体力学が進んでいる方向について注意を述べておきましょう。分かり易い例では、航空機全体を設計するためには、大きく複雑な機体を表現する膨大な計算資源が必要であり高精度非定常計算を実時間で終了することはありません。実用的な手法の一つに粗視化して流れを解く方法があります。計算資源を節約でき、現象の特徴を表す粗視化物理量を数値的に表すものです。粗視化物理量の大きさに寄与する微視的スケールの運動は普遍的な法則に支配されていると考え、どんな流れにも共通の粗視化手法(サブグリッドスケールモデリング)を用います。その他、支配法的式の変動場統計量を未知数として取り扱い平均流計算法もあります。一方、高精度非定常解法は限られた空間内で有限な計算資源を使って、現象を忠実に再現できる計算法があります。それは直接計算法等と呼ばれる計算法です。この二つの方法は互いに補完しあって、例えば、直接計算法で計算された物理量を粗視化計算法の基礎である共通の粗視化法の評価を行い、より現実的で妥当な粗視化物理量を与える方法を研究することができます。計算流体力学はお互いに関連しあいながら異なる手法を発展させました。
計算流体力学でどのような課題を解決できるのでしょうか。
現在、研究しているのは、環境適合性を持つ高速飛行が可能な航空機や高ペイロード比を可能にするロケット打ち上げの音響振動対策法、そして高速飛行を可能にする低燃費エンジン内の燃焼を支配する高速流れです。
飛行機が音速を超えて飛行すると、機体から発生した衝撃波が結合して「ソニックブーム」が発生します。地上での深刻な騒音の原因になります。また、エンジンへの空気取り入れ口では衝撃波と境界層の干渉で機体の金属疲労の原因になるので壁面圧力変動を抑えることが高速飛行の実現に必要です。どのような航空機形状がソニックブームを抑える効果があるのかを研究するために、また、壁面振動の原因となる衝撃波―境界層干渉機構を解明するためには計算流体力学は有効な手段です。ロケットエンジン排気ノズルから噴出する高速ジェットから放出される音響場を予測することや、音響場を低減する方法を探索するために有効手段の一つが高精度な計算流体力学です。衝撃波等の物理量の不連続性を含む流れと非定常な乱流場や微小な圧力変動を持つ音響場を同時に精度よくとらえる計算アルゴリズム(スキーム)を応用しているのです。さらに、低燃費のエンジンを開発するためには、エンジン内で燃料と空気を効率的に混ぜることが重要です。高速気流乱流の中に発生する特別な渦運動を利用すれば、燃料と空気をよく混合できることが分かっています。直接見ることのできないエンジン内部流の構造を研究する際にも計算流体力学は役立っています。

方程式で新しい課題に挑戦する

流れの科学、つまり流体物理は、数学とともに発展してきました。
18世紀には、理想流体の運動の法則を表すオイラーの流体方程式、19世紀には、流れの運動量の保存を表すナビエ-ストークス方程式、また、気体の分子運動を表すボルツマン方程式が、流体物理学を発展させてきました。偉大な数学者のおかげで、私たちは流れの現象をより正確に理解することが現在できるようになってきたのです。

しかし、ミレニアム問題(20世紀から21世紀へ)の中にナビエ-ストークス方程式の解の滑らかさに関連した問題が挙げられていることや、古く(200年前)はヒルベルト問題として取り上げられた流体方程式には未解決の課題が残されています。流体力学方程式に対する非常に高精度な数値解結果を数学的に解釈することによって、例えば幾何学だと思いますが、未解決問題の解決に近づくことが期待できます。
今回、輸送機の未来(21世紀課題)に関連して、未来技術の課題とそれに対応する解決方法をいくつかご紹介しました。そして、そのためには理論と計算シミュレーションが重要なことを説明しました。一方で、計算を高精度化しながら非常に高性能化していくと、エネルギー散逸を支配する小さなスケール(数学者コルモゴルフに因みコルモゴルフスケールと呼びます)から大きなスケール(物理粘性の影響をほとんど受けない領域とその上まで領域)までを連続的に研究することができます。「偉大な古典」と呼ばれる未解決な領域があります。
音速と比較した流れ速度によって物理が変わりますが、支配方程式系の性質も変わり、どのような方法で、どのような課題を解決するかをこれからも探っていきます。

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