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国立大学法人 電気通信大学

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お知らせ

【ニュースリリース】多価イオンの新分光法を実証-多電子重元素多価イオンの超微細構造を観測-

2023年01月24日

木村直樹研究員、久間晋専任研究員、東俊行主任研究員(理化学研究所開拓研究本部東原子分子物理研究室)、プリティ特別研究員(研究当時、現核融合科学研究所COE研究員)、中村信行教授(レーザー新世代研究センター)らの共同研究チームは、多価イオンの新分光手法「時間分解プラズマアシストレーザー分光」を実証し、原子のエネルギー準位のごく小さな分裂である超微細構造の観測に成功しました。
本研究成果は、原子、原子核、プラズマなど幅広い分野において、多価イオン分光を用いた新しい研究展開をもたらすと期待でき、特に次世代の原子時計の候補として期待される多価イオン原子時計の開発に向けて、貴重な分光測定値を提供します。
今回、共同研究チームは、電子ビームイオントラップ(EBIT)という実験室プラズマの中で準安定状態の多価イオン(ヨウ素-127の7価イオン、127I7+)を準備し、パルスレーザーの照射によって10マイクロ秒(µs、1µsは100万分の1秒)以下の短い時間だけ生じる、極端紫外光を観測しました。また、特殊なプラズマ条件を採用して、別の分裂要因であるゼーマン分裂を抑えたことで、レーザー分光スペクトル上に多電子重元素多価イオンの超微細構造由来の分裂を観測しました。
本研究は、オンライン科学雑誌『Communications Physics』(日本時間2023年1月24日(火))に掲載されました。

実証した多価イオンの新分光手法のイメージ

実証した多価イオンの新分光手法のイメージ

背景

原子の持つ離散的なエネルギー準位を調べる分光研究は、ミクロな世界における物理法則を理解するための有効な手段の一つです。多数の電子が剥ぎ取られた高電離状態の原子である「多価イオン」(多価陽イオン)は、そのエネルギー準位構造に相対論的量子力学や量子電磁力学の効果が色濃く反映されるため、非常に興味深い分光実験対象です。
近年、オーストラリアの理論研究者から、多価イオンのエネルギー準位構造が原子時計への応用に適性を持つことが指摘され、電子の数が比較的多い多電子重元素多価イオンに、特に注目が集まっています。電子の数が多くなると複雑性が増し、エネルギー準位構造の予測が困難になりますが、ここ10年、さまざまな多電子重元素多価イオンが分光実験によって幅広く調べられ、理論予測の精度も高まってきました。ただし、エネルギー準位のごく小さな分裂である「超微細構造」の分光観測は、原子時計への応用のためには必要不可欠な要素であるにもかかわらず、ほとんど行われていませんでした。その主な要因には、高分解能の分光技術が求められること、多価イオン実験において苦手とされる弱磁場中での測定が必要であることが挙げられます。
1980年以降、電子ビームイオントラップ(EBIT)をはじめとする多価イオン分光装置の開発が進み、さまざまな分光実験が世界各地で展開されてきました。多価イオン分光実験の標準手法は、プラズマ中の多価イオンの発光を分光器で観測する受動分光法です。これは、多価イオンの生成・保持自体が特殊技術である上に、多くの遷移波長がレーザー分光の適用が困難な極端紫外光からX線の波長領域にあることに起因しています。近年、多価イオン原子時計の提案を受けて、高い分解能を持つレーザー分光手法の開発機運が高まり、複数の実証実験が報告されています。ただし、その数は決して多くありません。分光対象も、電子数が5個程度と極端に少ない高価数の少数電子多価イオンがほとんどで、多電子重元素多価イオンのレーザー分光は手付かずの状態でした。

今後の期待

原子時計への応用を見据えると、超微細構造の大きさを把握することは必要不可欠です。既に、多様な多電子重元素多価イオンの超微細構造が、さまざまな方式の原子構造計算によって理論的に予測されています。しかし、本当にその大きさで超微細構造が分裂しているのかを実験で確かめた例はありませんでした。今回、実験的に決定した多電子重元素多価イオンの超微細構造の大きさは、原子構造計算による超微細構造分裂の理論予測の精度を評価するための良い指標となります。
また、超微細構造の大きさには、原子構造だけでなく原子核の特徴も反映されます。今回は、別の方法で原子核構造がよく調べられている安定原子核のヨウ素-127を採用し、原子核構造を評価しましたが、超微細構造の大きさを同位体間で比較すれば、未知の原子核構造を多価イオン分光から研究できる可能性もあります。
加えて、今回観測したスペクトルには、電子密度やイオン温度などプラズマの情報が多く含まれています。従って、本手法には、多価イオンの分光スペクトルをプローブにしてプラズマ状態を調べる手法へ発展できる可能性があり、今後の応用展開が期待できます。

論文情報

タイトル:Hyperfine-structure-resolved laser spectroscopy of many-electron highly charged ions
著者名:Naoki Kimura, Priti, Yasutaka Kono, Pativate Pipatpakorn, Keigo Soutome, Naoki Numadate, Susumu Kuma, Toshiyuki Azuma, Nobuyuki Nakamura
雑誌:Communications Physics
DOI:10.1038/s42005-023-01127-x

詳細はPDFでご確認ください。