社会に役立つ
電気通信大学のレーザー研究
世界初のレーザー発生装置は、セオドア・メイマンによって1960年に開発された。宝石のルビーを母材に使用していたことから、ルビーレーザーと呼ばれている。それから20年を経た1980年、電気通信大学に「新型レーザー研究センター」が設置された。目的は核融合用レーザーの開発だ。
その後、極限性を追求する「レーザー極限技術研究センター」、新しい光を生み出す「レーザー新世代研究センター」と名称を改め、領域を拡大してきた。同センターには2つの大きな学生部屋があり、学士課程から博士後期課程まで50人ほどの学生が、研究室の垣根を越えて研究に取り組んでいる。全く違う研究をしていてもお互いが積極的にコミュニケ—ションを取り、触発し合っているのが特徴だ。
これまで科学の世界のキーワードは「電子」や「原子」が主流で、論文においてもそうした語が目立っていた。しかしここ最近は「Laser」「Light」といったワードが注目を集め、論文の語彙のうち約1/4を占めるようになっている。【図1】
というのも、レーザーは検査や測定を行うのに欠かせないだけでなく、空に向けて打てば数十km先の物質をモニターでき、原子・分子・物質を制御するなど、様々な分野に応用できるからだ。そうしたレーザーには、常に新しい開発が必要であり、このニーズに早い段階から注目してきたのは、電気通信大学の先見の明と言えるだろう。
同センターでは、基礎研究だけではなく、社会に役立つ研究も行っている。例えば2000年代初頭、光ファイバー通信においてWDM(波長分割多重方式)の開発が進む中、高精度な光周波数の国際標準化が求められていた。同センターの中川賢一教授は、産業総合技術研究所と共同でアセチレン安定化レーザーを開発。2001年に国際度量衡委員会において、それが国際標準として認められた。その後、実用化に取り組み、現在はこのレーザーが国内外の様々な研究機関や企業で使われている。
また従来まではルビーやサファイアといった宝石でレーザーを作っていたが、巨大かつ高価であった。そこで前センター長の植田憲一名誉教授、白川晃准教授は、セラミックを使った装置の開発に着手し、見事に成功。固体レーザーの平均出力が1年で5ケタ増えるなど、革新をもたらしている。さらにセラミックレーザーは粉を焼き固めた、様々な機能を持った物質を、ミルフィーユのごとく何層にも入れることが可能だ。ルビーのような自然界の単結晶とは異なり、機能性に富んでいるのも見逃せない。【図2】
日本の研究を後押しする
多種多様な取り組み
レーザー新世代研究センターの取り組みは、とにかく多彩だ。文科省が2008年から10年間に渡って実施している「最先端の光の創成を目指したネットワーク研究拠点プログラム」では、多くの新しい高精度なレーザー光源開発を行っている。それだけではなく、「レーザー結晶データベース」も構築している。結晶に関するデータはどんな情報が重要であるのか、研究者でないと判断できない。そこで研究者自身が研究の合間を縫いながら10年の歳月を要し、世界に類をみない600を超えるデータを有するデータベースを作り上げている。【図3】
また同センターでは、共同研究も盛んに推進している。「宇宙重力波検出プロジェクト」では、国立天文台、東京大学、京都大学、法政大学、JAXAなどが参画。地上型の重力波検出器では検出できない、低周波数域での重力波検出を目指して研究中だ。
こうして実に幅広い領域をカバーするだけに、「もっと独自の施設などをもって特徴を打ち出しては」と指摘もあるようだが、米田教授は「基礎研究はもとより、レーザーが関与する天文から核融合、光通信まで幅広く対応できるのが本学のレーザー研究の最大の強み。ある分野だけに特化したら、日本の様々な研究が進まなくなるという自負がある」と力強く語る。
とは言いながらも、同センターは当初の10年間、大型レーザーを作ることに特化していた。世界第2位の規模を誇るレーザー機器を使用した研究は、世界のトップを走っていたほどだ。しかしそれでは今後行き詰まってしまうだろうと懸念し、現在のスタイルに大きく舵を切った。電気通信大学がレーザーに強くなったのは、一朝一夕だったのではなく、先を見通す力と、地道な努力の賜物だ。
社会貢献と世界記録樹立を
両立する
「世界記録を作れ」米田教授は学生たちにそう呼びかけている。世界記録を樹立すればそれだけ社会からの信頼が高まり、説得力を持つようになるからだ。世界記録を達成する上で必要な視点は「とにかく目標を定める」「誰も使用していないツールを作る」「世界で1つしかない装置・施設を使う」「あきらめずに続ける」などだという。
ただし最近の我が国の科学評価は成果量主義の傾向が強くなっている。論文をはじめとする成果物をコンスタントに出したほうが評価されやすい。5~10年かけて1つの世界記録を出したとしても、そこまで評価は高くなく研究費も獲得しにくい。
また、研究に参加する学生も、途中経過の研究だったとなってしまうことも多い。しかし、ここにいる学生たちはそれでも価値を見出しており、切磋琢磨しながら記録を狙う土壌が培われている。
そうした指導の結果、電気通信大学をはじめとする研究チームが「世界最短波長の原子準位レーザー」を実現するなど、同大学には世界記録保持者が多く存在している。中には学生の名前を冠したデータもあるというから驚きだ。【図4】
今や自動車のヘッドライトは電球からLEDになり、今後はレーザーになると言われている。今までヘッドライトは人間が目視するためのものだったが、自動運転と結びつき、AIが必要な情報を得るために活用されるなど、その役割が変化しようとしている。自動車メーカーの中には、すでに実用化に向けて動き出しているところもある。つまりレーザー研究者は、自身の現在の研究だけでなく、幅広い応用も考えていかなくてはならない。
このように世界記録をマークしながら、光の技術をいかに実生活に結びつけるかの意識を持つことも重要だ。高精度な光を日本中に張り巡らせれば、工場の部品計算が簡単にできたり、農作物の生育をモニターできたりと、一歩進んだ安全で安心な社会が実現できるだろう。「レーザー新世代研究センターはそれらの実現のために貢献できる。」と米田教授は誇らしげに語る。