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研究者情報:研究・産学連携

ユニーク&エキサイティング研究探訪
No.06 白田研究室の「ポリマーナノ光ファイバーによる量子フォトニクス情報通信技術の開発」

量子暗号通信システムに組み込み可能な実用技術の開発を目指す

情報理工学研究科 先進理工学専攻
フォトニックイノベーション研究センター センター長
白田 耕藏 教授

白田耕藏教授らの提案した「ポリマーナノ光ファイバーによる量子フォトニクス情報通信技術の開発」が、JST(科学技術振興機構)の平成21年度「戦略的イノベーション創出推進事業」に採択された。戦略的イノベーション創出推進事業というのは、平成21年度から始まった、実用技術の開発を目指す制度。これまでJSTが進めてきた戦略的創造研究推進事業(CREST)などの成果の中から、産業化できそうなテーマを設定し、そのテーマで開発に挑む産学連携の研究チームに対して、JSTが長期(最長10年)の支援をする、という制度だ。白田教授らの開発には、産業界から石原産業(開発リーダー:石原信之氏)が共同研究企業として参加している。なお、このプロジェクト実施のために本年度から本学に白田教授をセンター長に「フォトニックイノベーション研究センター」が発足している。

量子フォトニクス情報通信技術とは

白田教授らの開発プロジェクトが目指しているのは、単一の光子を取り扱う通信技術だ。現在普通に使われている光通信の世界では、光は全体として扱われ、通常は光全体のオン・オフを「1」か「0」の符号に対応させている。そこでは光子1個1個が情報として意味を持つことはない。

これに対して、今回のプロジェクトは光源(エミッタ)からは同時には1個だけの光子を発生させ、光ファイバーの中も同一場所、同一時間には1個の光子を量子状態を保って伝送する。“量子”である光子(フォトン)を1個ずつ発生・操作するという、量子力学の原理を直接応用する新しい通信技術である。

なぜ、そのような技術開発を目指すのか。それは、第1義的には、絶対に盗聴されない究極の量子暗号通信を実現するためである。

現在の通信システムでは、途中で情報が盗聴される恐れがある。このため、機密情報を送る場合、万一盗聴されても内容が理解できないように暗号化する方法が採られているが、その暗号は必ずしも安全ではない。暗号解読に向いた超高速コンピュータや、新たな暗号解読法が出てこないとは限らないためだ。

こうした盗聴や暗号解読に対する不安を解消するのが量子暗号通信だ。光子を使った通信では、途中で観測(盗聴)されたら、光子の量子状態が変化してしまい、観測されたこと自体が分かってしまう。つまり、原理的に“盗聴”は不可能になる。この性質を利用して暗号鍵を配信すれば、誰からも見られていないと保証できる、というのが量子暗号通信の基本的な考え方だ。

量子通信、量子暗号の研究は20世紀終わり頃から活発になり、現在は実用化を目指した研究が多方面で活発に進められている。すでにプロトタイプもいくつか発表されているがいずれも実用のレベルにはまだ到達していない。

単一光子をハンドリングする要素技術の“芽”はある

図1 単一光子発生の仕組み

白田教授らは最初の3年間(第1ステージ)でプロジェクトの骨格技術を確立する考え。骨格となるのは、単一光子発生源となる量子ドットの開発、石英光ファイバーをナノファイバーに高精度に加工する技術、それにポリマー(高分子)を塗布して共振器となる回折格子をフォトエッチングする技術等々で、いずれも難度が高そうだが、要素技術の“芽”やアイデアはいくつかあるという。

まず、いかにして単一の光子を発生させ、それを光ファイバーの中に取り込むのか?いくつかの方法が研究されているが、白田教授らは図1のように、ナノ光ファイバーの上に光子発生源である量子ドット(現在はCdSeTe半導体を使っている)を乗せる方法を有望視している。レーザーで励起された量子ドットが、低いエネルギー準位に戻るとき発生する光子をファイバーに取り込む、という方法だ。この方法で、確かに単一光子を発生させ、ファイバーに取り込むことが出来るという。図1の右の測定データがその根拠を示している。これはファイバー端の光検出器(フォトカウンター)の出力を表示したものだが、検出器出力がところどころゼロになっている。量子ドットは連続励起されているので、もし、同時に複数個の光子が発生していたら、必ずそのうちのいくつかはファイバーに取り込まれ、検出されるはずだ。同時には1個しか光子が出ていないので、検出器の出力がゼロになる、というわけである。

共振器(回折格子)を付けて効率を高める

図2 単一光子発生率改善の仕組み
図3 ナノファイバーFBG加工:集束イオンビーム(FIB)加工

問題は効率が良くないこと。量子ドットから出てきた光子は10個中1個程度しかナノ光ファイバーに入らないという。その効率を高めるアイデアもある。ナノ光ファイバーの側面に共振器を取り付ける方法(図2)だ。共振器を付けると10個中8個程度はファイバーに入るようになるという。

しかし、共振器を付けるのは簡単ではない。ナノ光ファイバーは、通常の光ファイバーの一部を極端に細くしたもので、直径が0.4ミクロン(400nm)しかない。そこに共振器(回折格子)を付けるのだが、今は側面を集束イオンビーム加工(FIB)で削っている。溝の深さは100nm(図3)。この集束イオンビーム加工装置は電通大にはないので、つくばの(独)物質材料研究機構と共同して加工しているという。0.4ミクロンのナノファイバーに100nmの溝を刻むというのは神業のような加工技術だが、難点は工業生産向きではないことだ。

そこで今回の「ポリマーナノ光ファイバー」が構想されたという。石英単体よりも取り扱いの容易なポリマーナノ光ファイバーで同様のことを実現しようというものだ。アイデアは2つある。

ナノインプリンティングでナノ光ファイバーを作る

図4 ナノインプリント法

一つは、0.3ミクロンの石英ナノファイバー上に100nmの厚さのポリマーをコーティングして、そこに干渉縞を利用してフォトマスク・パターンを形成し、フォトエッチングでポリマー部分に溝を切ろうというアイデアだ。こうすれば前述のFIB加工と同じことがフォトエッチングででき、作りやすくなる。

もうひとつは、ナノインプリント法で作る方法である。図4のように、ポリマーの土台に0.4ミクロンの溝を切り、そこに土台よりも少し屈折率の高いポリマーを埋め込む。これがナノ光ファイバーになる。そのナノファイバー上にナノインプリント法で溝(共振器)を付ける。ナノインプリント技術は、金型に刻んだ数十nm~数百nmの凹凸パターンを、ポリマーなどの樹脂に転写する技術。これだとナノファイバーを埋め込んだ土台ごと金型で溝を形成できるので、量産に向く。

難関だがチャレンジングな開発プロジェクト

もちろんこれらはまだアイデアの段階であり、たとえばナノインプリント法で形成したポリマーナノ光ファイバーにどのように量子ドットを取り付け、単一光子を入れるのか、とか、その量子ドットの効率をいかに向上させるか等々、第1ステージの骨格を固めるだけでもクリアすべき課題は多い。さらにその先の第2ステージでは、長距離間で量子暗号を中継送受するための要素技術になる光子対(完全に関係し合うような2つの光子)発生技術や量子メモリ技術の開発など、難関が控えている。いずれも既存技術の改良などではなく、“サイエンス”の領域のテーマを、実用技術にしようという試みであり、ハードルは高い。それだけに挑戦しがいのある開発プロジェクトだろう。

量子情報通信は2015年ごろに限定的な用途で実用化され、2020年ごろに量子暗号ネットワークが実現すると予測されている。それまでにいかにいいものを作るか。これまで光の分野で、量子光学を始め、コヒーレント光干渉計測、超高安定レーザー、セラミックレーザーなど多くの世界的な研究成果を上げてきた電通大チームのチャレンジを見守りたい。

(2010年4月)

  • 図1: 単一光子発生の仕組み。 ナノ光ファイバー上に単一量子ドットを乗せ外部から半導体レーザーで連続的に励起する。ファイバー端にフォトンカウンターを置き観測すると右のようなデータが得られた。量子ドットは連続励起されているので、もし同時に複数個の光子が発生していたら、フォトンカウンターがゼロになることはない。したがって、このデータは同時には1個の光子しか発生されていないことを示す。
  • 図2:単一光子発生率改善の仕組み。ナノファイバーの側面を加工して共振器を構成する。FBGはFiber Bragg Gratingの略。この方法で10個中8-9個のフォトンがファイバーに入る。
  • 図3:0.4ミクロン径の極細のナノファイバー側面に集束イオンビーム(FIB)加工技術で100ナノメータの溝を回折格子状に切った写真。
  • 図4:ナノインプリント法。ポリマーの土台の上に0.4ミクロンの溝を切り、その溝に土台よりも少し屈折率の大きいポリマーを入れる。それがナノ光ファイバーになる。この全体にインプリントで回折格子を付ける。これだと、ファイバー自体を加工するよりもはるかに簡単に共振器を加工できる。
プロフィール

1969年東大物理工学科卒。大学院は宅間宏電通大名誉教授が東大教授在任中で同教授の研究室に所属した。その後、桜井捷海助教授のもとで1974年東大理学系研究科博士課程を修了(理学博士)。財団法人の研究所を経て、1983年から電通大に。宅間名誉教授が1980年から電通大新形レーザー研究センター(現レーザー新世代研究センターの前身)を設立したことが白田氏を電通大に引き寄せた。研究者として40年、一貫して光の分野の最前線で研究に携わってきた人。その第1線の研究者から見ても、この30年の光の分野の変化・発展はすさまじいと言う。「30年前に“光子を操作する”などと言ったら、相手にされなかっただろう」と笑う。今回のプロジェクトはまさにその光子の極限的操作技術を確立することを目指している。

責任感の強さとリーダーシップを感じさせる人だ。平成9年から5年間、JSTの戦略的基礎研究推進事業(CREST)で「量子固体と非線形光学:新しい光学過程の開拓」プロジェクトの研究代表を務めた。平成15年に採択された電通大の21世紀COEプログラム(注1)「コヒーレント光科学の展開」でも学内の20人余りの研究者を束ね、終了までの5年間拠点リーダーを務め、高い評価を受けた。今回は大学の研究リーダーだけでなく、企業との共同研究全体のプロジェクトリーダーを兼ねている。自己の任期を超える長丁場のプロジェクトだけに人材育成には特に心を砕いているようだ。

  • 注1: 21世紀COEプログラム:COEはCenter Of Excellence。国内の大学に世界最高水準の研究教育拠点を築き、研究水準を高め、かつ世界をリードする創造的な人材を育成することを目標に、文部科学省が大学の研究プログラムを選び、重点的に支援する制度。電通大からは唯一「コヒーレント光科学の展開」が選ばれた。
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