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研究者情報:研究・産学連携

ユニーク&エキサイティング研究探訪
No.07 児玉幸子准教授(メディアアート&デザイン研究室)の磁性流体アートプロジェクト

科学技術を題材として“美”を表現する

情報理工学研究科 総合情報学専攻
児玉 幸子 准教授

科学技術やテクニカルな素材それ自体を芸術作品の題材に据える「デバイスアート」と呼ばれる新しい芸術分野を日本の研究グループが提案している。情報理工学研究科の児玉幸子准教授は、そうした21世紀の新たな芸術潮流を牽引するパイオニアの一人だ。

児玉准教授のこれまでの主な作品群は、素材として磁性流体を使ったものだ。磁性流体はナノサイズの強磁性微粒子を炭化水素系オイルに混ぜた液体。微粒子表面を界面活性剤で覆うことで、強い磁場をかけても微粒子がオイル中で凝集したり底に沈んだりせず、液体全体が強磁性体のように振舞う複合材料である。製品化されたのは1960年代で、いろいろな特性を持つ材料が開発され、磁気ディスクの防塵シールやスピーカーのボイスコイルのヒートシンクなど工業材料として使われてきた。

磁性流体のアートプロジェクト「突き出す、流れる」

写真1 Protrude,Flow
写真2 MorphoTower
実際に触って遊べる作品。音楽と照明が流体に同期する。台湾国立科学工芸博物館に設置されている。

この磁性流体を浅底の容器に入れ、液面に垂直な磁界をかけ、磁場を強めて行くと、ある時点で液面に突起(スパイク)が出来る。まっ平らに見えても、液面に微小な乱れがあるためだ。スパイクの先端に磁力線が集中して磁場が強まり、一方谷側は磁力線密度が低いので磁場が弱い。この磁場の変化で液面の変形が加速され、液体なのに柔らかい金属のような不思議な形状に変化する。

児玉准教授が磁性流体に出会ったのは筑波大学大学院生時代、友人でアーティストの竹野美奈子氏に教えられたという(参考文献1)。以来、この不思議な素材に魅了され、数々の作品を発表してきた(作品集は児玉准教授のサイトで鑑賞できる。文末の児玉准教授のサイト参照)

代表作は、という問いに「突き出す、流れる(Protrude,Flow)」(2000年=写真1)と「モルフォタワー(MorphoTower)」(2006年=写真2)の2点を挙げてくれた。前者は磁性流体の面に垂直な上下に電磁石を配置した作品で、上下からの磁場の変化に応じて、磁性流体が3次元的に複雑な形状変化を見せる。後者は電磁石の磁芯の一端を円錐形に加工して、それを磁性流体面に垂直に立てた構造の作品。円錐タワーには螺旋溝が彫ってあり、磁場がかかると磁性流体が無数の突起になり螺旋溝に沿ってタワーを登って行く。磁界の強さの変化に伴ってタワー表面を覆う磁性流体の突起形状も刻々と変わる。“モルフォ”とは形という意味で語源はギリシャ語だという。

スケッチし、磁場設計し、コンピュータ制御する

磁石と磁性流体を応用した芸術作品は他者にもあるが、児玉作品の特徴は磁性流体の動きをコンピュータ制御していること。それに、外部の音や光とのインタラクション(音や光が変わると形が変わる)を積極的に導入している点だ。

作品を製作するには、まずイメージをスケッチする。磁性流体をどのように動かすか、映画製作の場合の絵コンテのようなものを何枚も描くという。この、作品イメージを固める作業をトップダウンのプロセスとすれば、そのイメージに沿って作品を形にしたり動かしたりするために、電磁石の配置を決めたり、電磁石に流す電流パターンを決め、コンピュータプログラムに落としたりするボトムアップのプロセスが必要になる。磁性流体アートの製作工程はこのトップダウンとボトムアップをよじり合わせるようなプロセスだという。CG(コンピュータグラフィックス)の場合は、作品をイメージどおりに動かすことも可能だろうが、磁性流体と電磁石という実素材を使う場合は、簡単ではなさそうだ。ましてやマイクやカメラなどと組み合わせて音や光、鑑賞者とのインタラクションを図ろうとすれば、イメージどおりに作品を仕上げるのは至難の業になる。児玉研究室では磁性流体だけでなく各種の電子デバイスやセンサーなどを集めて、日頃から細かい実験を繰り返している。もちろん、作品に結び付かないものもたくさんあるという。

作品動画がネットで流れ、鑑賞者は世界中に

テクノロジーの新奇性だけに頼るメディアアートは批判されることがあるが、児玉准教授はあえてテクノロジーを正面から主題に据え、鑑賞に堪えるアートを創作することに意欲を燃やしている。同准教授にとって、磁性流体の応用だけが活動範囲ではない。しかし、今は、活動の文脈をわかりやすくするために磁性流体のアートプロジェクトに情報公開を絞っているという。幸い、作品の評判は上々のようだ。児玉准教授のホームページには作品の動画が収容されているが、それらが作者に無断でインターネットに流れているという。中でも人気の「モルフォタワー/二つの立てる渦」という、音楽に同期して形が変わる磁性流体彫刻の動画は、YouTubeの週間部門閲覧世界ランキングで第2位になったこともあり、今や児玉作品はネット上で世界中の人に見られている。実際、「YouTube、磁性流体」をキーワードにGoogle検索してみると、6000件超ヒットした。英語でFerrofluidを検索すると、作品は数十倍のヒット数になる。そのあちこちのブログに児玉作品の"無断"コピーがたくさん貼り付けられ、何十万回と再生されているものが多数ある。

従来のスタティックな彫刻の動画なら、こうした現象は考えられないのではないか。
最近では2月2日から3月22日まで東京都現代美術館(東京・江東区)が、文化庁メディア芸術祭協賛事業「サイバーアーツジャパン‐アルスエレクトロニカの30年」という展覧会の中で「モルフォタワー」を実物展示した。

写真3 巨大電磁石による「Protrude, Flow 2010」

2008年にはスペイン国立の現代美術館であるレイナソフィア美術館の依頼により現地のメーカーや技術者とコラボレーションしながら「Protrude, Flow 2008」を制作し、この作品は今年2月中旬からスペインのサンセバスチャン市で開催された「シリコンドリーム、芸術、科学、テクノロジー、ヨーロッパ共同体」展でも展示された。科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(CREST)の「デバイスアートにおける表現系科学技術の創生」プロジェクトの研究費の一部も使われている。4トンもの電磁石で駆動する大作(写真3)で、現地メディアでも大きく報道された。

CRESTのデバイスアート・プロジェクトは筑波大学の岩田洋夫教授が研究代表者になって平成17年度から進められている。平成22年度はその成果が東京・お台場の日本科学未来館に展示される予定だ。児玉准教授も同プロジェクト・メンバーの一員としてCADを使った新たな磁性流体作品を創作中だという。どんな新作が登場するのか、楽しみである。

(2010年4月)

プロフィール

1993年北海道大学理学部物理学科卒業後、筑波大学大学院芸術学研究科に進み、2000年同芸術学専攻博士課程を修了した博士(芸術学)。

子供の頃から物を作ったり自然観察をしたりといった理系への関心と絵や音楽といった芸術分野への関心とが区別なく一体になっていたという。ただし、高校生のとき描いた絵が売れたことがあるというから、美術に関しては単なる”関心を抱く“というレベルではなかったようだ。高校が理系コースだったため大学では物理学科に進むが、高学年に進むにつれ造形への情熱が勝って行く。東京芸大に進み直おそうと準備を始め時に、エレクトロニクスやコンピュータなど先端技術を取り入れた新たな芸術分野を知り、そういうコースがある筑波大学大学院に進んだ。そこで磁性流体に巡り合ったのは本文のとおり。2000年4月から電通大助手、2007年から現職。

科学技術を応用して、人間の手だけでは実現できないような“とてつもない”美を表現することを研究テーマとして追究している。

  • 参考文献1)児玉幸子“脈動する磁性流体アート”、日経サイエンス2007年3月号、pp.30-41
  • (掲載写真はいずれも児玉准教授の作品集サイトから、許可を得て転載)
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