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研究者情報:研究・産学連携

ユニーク&エキサイティング研究探訪
No.12 知能機械工学専攻・新誠一教授の2自由度制御応用技術

自動車など、動く機械のマイコン制御で先導役を果たす

情報理工学研究科 知能機械工学専攻
新 誠一 教授

現在の自動車には数十個のマイコンが搭載されている。電子スロットル制御、後輪操舵システム、アクティブ・スタビライザ、エアバッグ制御、追突時の衝撃吸収のためのヘッドレスト制御…等々、自動車はマイコンによる電子制御の塊だ。知能機械工学専攻の新誠一教授は、この自動車のマイコン制御の開発で先導役を果たしてきた。新教授の専門分野は制御工学。機械を意のままに動かすよう制御するための学問分野だが、その応用分野がマイコンの高性能化・低コスト化で飛躍的に広がってきたという。このマイコン制御で新教授が多用してきた制御法は2自由度制御と呼ぶ手法だ。2自由度制御の考え方は以前からあるが、単純なフィードバック制御よりも複雑になるので、それだけコスト高になる。そのためマイコンが高性能・低価格化する以前は、用途が限られていた。

2自由度制御とは

図1.2自由度制御の仕組み

新教授によると、“制御”とは文字通り「制する」ことと「御する」ことだという。「制する」とは変化があっても一定に保つこと。これに対して、「御する」は御者のように、思い通りに動かすことである。エアコンの制御を例にとれば、35℃の室温をできるだけ早く28℃になるように動かすのが「御する」で、目標温度28℃に保つのが「制する」ことに当たる。2自由度制御とは、制するに1自由度、御するに1自由度を与え、「制する」側のコントローラと、「御する」側のコントローラが別々に、つまり、コントローラが二つあるのが特徴だ(図1参照)。

実際には、ある制御対象(現物)を制御するのに、まず対象の動きを表す数学モデルを作る。図1のように御するコントローラ(図1中の装置1)で、対象だけでなく、この数学モデルも動かす。つまり、御する側のコントローラで、オンライン・シミュレーションも実行する。一方、現物からはセンサ等で、シミュレーション結果との差分(ズレ)を検出できるので、そのズレ情報から「制する」側のコントローラ(同図の装置2)を動かす、というのが、新教授らが活用した2自由度制御の方法だ。

従来は、現物を作る前の開発段階で、現物の動きを模倣するために多用されてきたコンピュータ・シミュレーションだが、マイコンの高性能化・低価格化を背景に、新教授らはそれを2自由度制御の形で実機の中に組み込んだ。つまり、実時間でシミュレーションしながら実機を動かすことで、理想形(シミュレーション結果)に近い、より高度な制御を可能にした。

電子スロットル制御で先鞭

新教授が最初にこの2自由度制御を応用したのは、自動車の電子スロットル制御だ。米国のGMが電子スロットルを導入する際、日立製作所との共同提案が、複数の会社のコンペで、コスト・性能面で高く評価され、採用されたのが最初である。ちょうど米国でマスキー法(注1)が施行され、それまでの機械式のスロットル制御では厳しい排ガス規制に対応できなくなった頃のことだ。

電子制御以前は、アクセルとスロットル・バルブ(弁)が機械的にワイヤ接続され、アクセルを踏み込む大きさに対応して機械的にバルブが開き、対応量の混合気がエンジンに供給される仕組みだったが、電子制御の場合はアクセルを踏み込む角度をセンサで検出して、その値に対応してコントローラが指令を出し、バルブを開くためのモータを動かす。

構造は簡単だが、スロットルにはアクセルを離した時、バルブが自動的に閉じるような、フェールセーフの仕組みがある。実際には、アクセルを離す都度、完全にバルブが閉じたらエンストしてしまうので、バルブを閉じる方向に働くリターンスプリングと、バルブを所定の角度(デフォルト角)開く方向(つまりリターンスプリングと逆向き)に働くデフォルトスプリングがある。電子制御の場合もこのフェールセーフの仕組みは残されており、逆向きに働く二つのバネの機能を織り込んで、段差がなくバルブを駆動するようにモータを制御することが問題だったという。

そこで、新教授らは、まずリターンスプリングの数学モデルを作り、リターンスプリングを「御する」コントローラを設計した。実際のバルブの開閉角はデフォルトスプリングが働くので、「御する」コントローラの指示値とは異なる。その差を検出して、その分を打ち消すような補正を「制する」コントローラがするという仕組みで問題解決をした。この方式だと、バネが経年変化しても問題なく対応できるという。

後輪操舵システムとアクティブ・スタビライザ

図2.後輪操舵システム装着の効果

同様な2自由度制御の仕組みを、後輪操舵システムの開発にも適用した。ある電装部品メーカーと共同開発したもので、トヨタの“走るクラウン”アリストに採用された(その後レガシイB4やBMW7シリーズにも同様なシステムが採用された)。

高速道路で走行レーンを変えるとき、前輪を切るが、運転の上手な人はレーンチェンジしたことが分からないくらい、スーッと入ってくる。下手な人は車体後部がぶれる(図2参照)。そのブレを後輪も自動操舵することによって、なくす。つまり、あまり上手でない人が運転してもスーッとレーンチェンジできるようにするのが後輪操舵システムだ。

この時は実車で何度も車線変更テストを繰り返し、最も上手な車線変更を選んで、その時のヨーレート(車が地面に水平方向に回転するときの角速度)を記録。そのヨーレートを目標値として後輪を操舵する仕組みを考えた。つまり、上手な人の数学モデルでシミュレーション(御する)しながら、実測値との誤差で「制する」するシステムにした。

実際の車の走行条件は、路面状態や乗車人数、さらに横風など、すべて異なる。実時間で理想形をシミュレーションしながら差分で制御する、2自由度制御の仕組みによって、それらの走行条件の違いも問題なく吸収できるシステムができたという。

国産初の人工呼吸器にも採用

この2自由度制御の仕組みは、その後トヨタがレクサスに採用したアクティブ・スタビライザにも使われた。スタビライザはカーブを曲がるときに遠心力で車の外側が沈み、内側が浮き上がる(ロールする)のを防ぐ仕掛けだ。これも2自由度制御のアイディアを新教授らが提供した。

自動車以外の分野では、人工呼吸器の開発にも2自由度制御を適用したという。川重防災工業と共同開発したもので、国内開発では初の人工呼吸器となった。人工呼吸器は自力で呼吸が困難な重篤な患者の呼吸を助ける装置で、患者が息を吸いたいときに、それと逆の制御をすると命にかかわる。やはり2自由度制御の仕組みで、患者の微妙な呼吸の変化や、個人差などを補正できるシステムを開発できたという。

制御ソフトの国際標準作り、セキュリティ対策にも取り組む

現在、新教授は二つの案件に取り組んでいる。一つはトヨタのプリウス問題の後処理。昨年米国で起こったプリウスのブレーキ制御ソフトの問題は、今年に入って結局トヨタのソフトに何の問題もないという結論が米国で公表された。この問題の教訓はどんなにいいソフトを作っても第3者検証されてなければ、再度同じような問題が起こる恐れがあるということだ。そこで、新教授らはトヨタと一緒に米国政府が関係している標準化団体であるOMG(オブジェクト・マネジメント・グループ)に働きかけ、制御ソフトの標準化作りに着手している。

もう一つは、サイバーテロ対策。これまでインターネット接続されていない制御用ソフトはサイバー攻撃されない、という一種の神話があったが、昨年シーメンスの制御ソフトを攻撃したStuxnetの登場で、この神話が破られた。USB経由で感染したとされ、もはや制御用ソフトも安全ではないことがはっきりした。経産省が対策に動き出しているが、新教授も経産省の呼びかけに応じてサイバーセキュリティ研究会を主導して対策に取り組んでいる。

(2011年8月)

プロフィール

新誠一教授は1978年東大工学部卒業後80年同大学院工学系研究科修士課程修了。同大学工学部計数工学科助手を経て1987年工学博士(東大)。その後、筑波大助教授、東大助教授などを歴任して2006年から電通大教授に。
専門分野である制御工学(という学問)の柱は数学だという。ただし、数学(制御理論)だけでなく、モデリングのノーハウ、制御アルゴリズムの設計技術、それをマイコンの上に実装するノーハウを持つのが新教授の強みだ。
マイコンが現在のように高性能・低コスト化する以前には大学でせっかく高度は制御理論を学んでも、それを役立てる場が限られていた。いまや、かっての大型コンピュータの100倍もの高性能マイコンが1000円以下で入手できる。それだけ大学の持つ知識やノーハウを社会に役立てる機会が増えている、ということだろう。新教授自身、大学の知を生かして、本文で紹介した以外にも多数の応用開発を手掛けてきた。学生には「大学で学ぶフーリエ変換、制御工学、微分方程式などの数学が、実際に役に立つことを、ぜひ実感してほしい」と話す。

  • 注1:1975年以降に製造される自動車の排気ガス中の一酸化炭素(CO)、炭化水素(HC)の排出量、および1976年以降製造される自動車の排気ガス中の窒素酸化物(NOx)の排出量を、それぞれ1970-71年型の1/10以下にすることを義務づけた法律。
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