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研究者情報:研究・産学連携

ユニーク&エキサイティング研究探訪
【No.21】 2013年1月 掲載
計算機シミュレーションが理論と実験のギャップを埋める

次世代高密度磁気メモリの研究開発に不可欠

仲谷 栄伸 教授
情報理工学研究科 情報・通信工学専攻

情報理工学研究科情報・通信工学専攻の仲谷栄伸教授と仲谷研究室は、原子レベルの微小な磁石のふるまいをシミュレーションする技術によって、次世代高密度磁気メモリの共同研究に参画しています。最近では、二つの研究成果が発表されました。一つは、京都大学と大阪大学、NEC、パリ南大学との共同研究チームが、次世代磁気メモリの候補である「磁壁メモリ」の消費電力を低減する方法を発見した研究成果です。もう一つは、京都大学と物質材料研究機構、ローレンスバークレイ研究所との共同研究チームが、微小な磁気円盤のミクロな振る舞いをある効果で説明可能であることを見出した研究成果です。いずれの研究成果にも、仲谷教授の研究室による計算機シミュレーションの結果が役立っています。

計算機シミュレーションの役割

大学や企業などの研究を粗く大別すると、「理論」と「実験」があります。理論と実験は科学技術を発展させるクルマの両輪に相当し、理論の研究と実験の研究がお互いに影響し合いながら、ある分野の研究を進めていくのが理想です。しかし現実には、理論と実験の間に進展度合いのギャップが存在することが少なくありません。

ここで理論と実験を結びつける重要な手法に、計算機シミュレーションがあります。計算機シミュレーションは、理論の数学的表現である数式(方程式やモデルなど)を使って物理現象を実際に起こったかのように再現してくれます。計算機シミュレーションを活用すると、実験試料の作製条件や実験で与える条件などをあらかじめ絞り込めます。このため、トライ・アンド・エラー(試行錯誤)の繰り返しを減らすことができます。実験における「転ばぬ先の杖」に相当する役割を果たすのが、計算機シミュレーションだとも言えます。

シリコン半導体技術の進化は、計算機シミュレーションの高速化と低価格化を急激に押し進めました。現在では、電気や磁気、物理、化学、機械、薬品、医療などの理工学分野はもちろんのこと、市場調査や経済予測、流通管理などにも計算機シミュレーションが活用されています。現代社会を成り立たせるために、シミュレーションは必須のツールになっているのです。

マイクロマグネティックスとは何か

仲谷教授が計算機シミュレーションで手掛けているのは「マイクロマグネティックス」と呼ばれる研究分野です。

棒磁石の分割を繰り返す
マイクロマグネティックス」の概念

ここで棒磁石を思い出してください。棒磁石の両端にはN極とS極があります。棒磁石を真ん中で切断すると、どうなるでしょうか。二つの棒磁石が出来上がります。棒磁石の長さは、元の磁石の半分です。この二つの棒磁石を再度、真ん中で切断すると、今度は四つの棒磁石が出来上がります。これをどんどん繰り返していくと、最後は原子の大きさにまで至ります。ここで初めて、これ以上の分割が不可能になります。この微小な磁石を「原子磁気モーメント」と呼びます。

この原子磁気モーメントは、磁石に限らず、様々な物質の内部に存在しています。磁石ではない、磁気を帯びていない物質では、原子磁気モーメントの向きがばらばらで、平均するとゼロになっています。これに対して磁石では、原子磁気モーメントの向きが、ある程度はそろっています。この点が、普通の物質と磁石の大きな違いです。

物質に外部から磁界を加えると、物質は磁石のように磁気を帯びます。磁気を帯びる度合いは、物質を構成する材料によって違いますが、どんな物質でも程度の差こそあれ、少しは磁気を帯びるのです。ここで外部からの磁界を取り去ると、大半の物質は磁気を帯びなくなります。ただし、一部の材料は、半永久的に磁気を帯びたままでいます。このような材料を一般的に「磁性体」と呼びます。

「マイクロマグネティックス」とは、磁性体の内部で原子磁気モーメントがどのように振る舞うかを調べる学問分野です。例えば、磁気を帯びた磁性体では、原子磁気モーメントが特定の方向にそろっています。ここで、逆の方向に外部から磁界を加えると、一定の強さを超えた磁界では、原子磁気モーメントの向きが反対向きにひっくり返ります。これを「磁化反転」と呼びます。磁化反転はハード・ディスク装置や磁気テープ装置などでデータ信号を記録する基本的な原理であり、非常に重要な現象です。

高密度磁気記録の限界を探る

ハード・ディスク装置や磁気テープ装置などで記録密度を高めるには、データ信号を記録する粒子のサイズを小さくすることが必要です。このときに、磁化反転に必要な磁界と粒子の大きさの関係や、磁界反転に必要な時間と粒子の大きさの関係などを、実際に試料を作製せずとも予め把握できれば、適切な粒子サイズの試料を作ったり、適切な外部磁界の条件で実験したりすることができます。実験そのものはかなり難しいので、開発にはシミュレーションが不可欠です。

また磁性体の粒子サイズを小さくしていくと、熱エネルギーによって磁化反転が起こる確率が高まるという問題があります。これを「熱揺らぎ効果」、あるいは「超常磁性限界(ちょうじょうじせいげんかい)」と呼びます。そこで、粒子サイズが小さくても熱揺らぎ効果の影響が低い磁性体や磁気記録方式などの適切な条件を、シミュレーションで探索することが求められています。

シミュレーションの限界と問題点

このように、高密度な磁気記録技術の開発に不可欠になっているマイクロマグネティックスのシミュレーションですが、限界はもちろん存在します。最も大きな問題は、計算時間です。もう少し具体的に説明しますと、計算時間が長すぎて、実用的な期間では完了しないということです。

計算時間が長すぎてしまう理由は大きく分けると、二つあります。一つは、計算の対象となる点数が多すぎてしまう場合です。原子磁気モーメントの大きさは決まっていますので、計算の対象となるサイズが大きくなると、計算時間が爆発的に増大します。もちろん、コンピュータの急速な性能の向上によって計算可能な原子磁気モーメントの数はどんどん増えています。現在では数百万点の原子磁気モーメントの振る舞いを計算可能になっています。一方でハード・ディスクや磁気テープなどのデータ領域が微細になったことで、実用的な期間で計算が完了するようになったという側面もあります。現在でも、例えば電気自動車のモーターといった大きさになると、マイクロマグネティックスのシミュレーションは困難です。

もう一つは、適切な条件(パラメータ)を見つけられない場合です。シミュレーションでは予めパラメータを仮定して計算を開始します。計算結果が出てみないと、仮定したパラメータが適切だったかどうかは分かりません。期待に沿う結果が出なかった場合は、パラメータを変更して計算をやり直すことになります。最新のコンピュータを使っても1回のシミュレーションに2週間くらいはかかったりしますので、シミュレーションのやり直しは研究の進捗に少なくない影響を与えることになってしまいます。

仲谷研究室のコンピュータ。放熱のためにいくつもの空冷ファンが置かれている

ただし、仲谷研究室ではシミュレーションの経験が豊富にあるので、適切なパラメータを見出すためのノウハウを蓄積しています。計算時間を短縮する技術も有しています。このため、様々な企業や研究所、大学などから、シミュレーションの依頼や問い合わせなどを数多くいただいているとのことです。

最先端の研究現場では、シミュレーションは不可欠のツールであり、活用頻度が増えています。そしてマイクロマグネティックスは、ハード・ディスクや磁気テープなどにとどまらず、電子のスピンを利用した次世代のメモリで注目を集めています。仲谷研究室の役割は今後、ますます重要になるでしょう。

(取材・文:広報センター 福田 昭)

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