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国立大学法人 電気通信大学

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研究者情報:研究・産学連携

研究室紹介OPAL-RING
西野・若月 研究室

「大貧民」「人狼」などのゲーム情報学と自然言語処理、量子コンピュータの研究

所属 大学院情報理工学研究科
情報学専攻
メンバー 西野 哲朗 教授
若月 光夫 助教
所属学会 情報処理学会、人工知能学会、日本ソフトウェア科学会、日本数学会、米計算機学会(ACM)、米電気電子学会(IEEE)
研究室HP https://nishino-lab.jp/
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掲載情報は2021年5月現在

西野 哲朗 Tetsuro NISHINO
若月 光夫 Mitsuo WAKATSUKI

コンピュータ・サイエンス(計算機科学)は、計算の理論やコンピュータ上への実装など、ソフトウェアとハードウェアの両面の研究から成り立つ学問です。科学と工学にまたがり、数学や物理学、脳科学、社会科学など、多様な分野が密接に関わっています。
西野哲朗教授と若月光夫助教の研究室では、未来のコンピュータ上で動くアプリケーション(ソフトウェア)を、コンピュータ・サイエンスや人工知能(AI)の手法を使って研究しています。ゲーム情報学、自然言語処理、量子コンピュータの三つのテーマを研究の柱としています。
ゲームの戦略を研究するゲーム情報学はこれまでAIや認知科学の発展に貢献してきました。ゲームはもともと社会や自然界で複数のプレーヤーが取り得る戦略を数学のモデルとして表したものですが、社会への応用という観点ではまだほとんど進んでいません。
長らく2人で対戦するゲームの研究が主流でしたが、近年、機械学習の手法の一つであるディープラーニング(深層学習)の登場によって、コンピュータが人間の能力をはるかに上回るようになりました。これによって、囲碁や将棋などのいわゆる「二人完全情報ゲーム」の研究は終息しつつあります。

コンピュータ大貧民大会

研究室ではトランプゲームの「大貧民」や、「人狼ゲーム」を題材にして研究しています。これらの「多人数不完全情報ゲーム」は高度で複雑な心理戦の要素を含んでおり、最終的に「ゲーム研究の原点である、人間の経済活動の分析などに役立たせたい」と西野教授らは考えているのです。
大貧民に関しては、西野教授が2006年に立ち上げて以来、毎年調布祭で開催している「コンピュータ大貧民大会」の運営が研究室のビッグイベントです。ロボット分野が人気で“情報系離れ”と言われた当時、ロボットコンテスト(ロボコン)に対抗して同大会を作ったそうです。毎年学内外から多くの参加者が集まり、作成したプログラムの優劣を競います。

コンピュータ大貧民大会の様子

研究室では、機械学習(モンテカルロ法)などを使ってコンピュータ大貧民の優勝プログラムの戦略を研究しています。大貧民のプレイの膨大な対戦記録(ログ)を使ってプレイヤーの「クラスター分析」を行い、対戦相手の特徴を把握します。さらに、プレイヤーの戦略の論理構造を機械学習の手法の一つである「決定木」として生成し、これを分析してプレイヤーの癖を見抜くのです。
これらの分析結果を機械学習の手法を用いて分析すれば、いずれ熟達者のように対戦相手のプレイを予測できるようになるそうです。「人が最初はコンピュータに負けても、何度も対戦するうちに勝つようになるのは、プログラムの癖が読めるからであり、人にはそうした強さがある。相手の手札を予想し、その裏をかくようなプレイが将来、コンピュータもできるようになるかもしれない」と西野教授は期待しています。

遊んで楽しいゲームプログラムの開発

一方、人狼ゲームは、人間に化けた人食い狼(人狼)を村人たちが探し出して処刑していくストーリーです。誰が人狼かは見た目では判断できないため、さまざまな登場人物の言葉を読み解いて人狼の正体を暴くのです。研究では、ネット上のプレイのログから人狼の発言内容を分類し、その発言パターンから人狼のウソを見抜いたり、行動パターンを突き止めたりします。研究から、人狼は時間稼ぎをするための発言が多いことなどが分かってきました。
すでにコンピュータと人が一緒にプレイできるようにはなっていますが、将棋や囲碁とは違って、人狼ゲームでは強い、弱いといった概念が分かりにくいそうです。初心者と熟練者は明らかに違うものの、絶対的に強いプロや名人などが存在しないことも人狼ゲームの攻略の難しさかもしれません。「勝ち負けよりも、人間が遊んで楽しいプログラムを作ることがこれからのゲーム研究の流れになるだろう」と西野教授はみています。

データ分析の手法を用いた大貧民プログラムの特徴分析

書籍推薦システムと量子アナログコンピュータ

大量の言語データを解析する人狼ゲームは自然言語処理の研究でもありますが、このテーマではこのほか、米IBMのAI「Watson(ワトソン)」を使った、電気通信大学の図書館向けの書籍推薦対話システムなども開発しています。新型コロナウイルスの世界的流行を機にオンライン学習のニーズが増えており、司書の代わりにインターネット上で適切な図書を推薦してくれるシステムとしてより発展させていくそうです。
最後は、西野教授が長年手がけている量子コンピュータの研究です。約10年前、カナダのD-Waveが断熱量子計算(量子アニーリング)によって、組み合わせ最適化問題の一種である「スピングラス問題」を解く量子アナログコンピュータを商品化しました。量子コンピュータと言えば、誰もがデジタルコンピュータを想定していましたが、人類は昔から自然界のメカニズムを利用した「日時計」などのアナログコンピュータを使ってきたことから、D-Waveは量子コンピュータでもその形が自然だと考えたようです。
ただ、日時計が太陽光の入射角しか測れないのと同じように、量子アニーリングマシンは磁石の最小エネルギー状態を求めるスピングラス問題しか解けないため、解きたい問題をこれに置き換える必要があります。この変換作業はいわば“職人芸”であり、今後こうした解法の研究が重要になると西野教授は考えています。研究室では、最短経路を求める「巡回セールスマン問題」や、これに類似の「頂点被覆問題」などをスピングラス問題に変換して量子アニーリングマシンで効率的に解くといった研究を進めています。

データサイエンティスト養成にも注力

電通大は文部科学省の「データ関連人材育成プログラム」拠点に選ばれており、西野教授はこれに積極的に参加してデータサイエンティストの養成に努めています。研究室の主要テーマである、ゲーム情報学と自然言語処理、量子コンピュータの3分野は、データサイエンティストにとって習得すべき基礎分野でもあります。
西野教授と若月助教はこうした研究・教育活動を通じて、究極のAIを開発するとともに、爆発的に増大する現在のコンピュータの計算時間に対処し、人間にとってより使いやすい新しいコンピュータの実現を目指しています。

【取材・文=藤木信穂】