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国立大学法人 電気通信大学

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研究者情報:研究・産学連携

研究室紹介OPAL-RING
石橋(功)研究室

圏外も電池切れもない無線通信の実現

所属 先端ワイヤレス・コミュニケーション研究センター
メンバー 石橋 功至 教授
所属学会 米電気電子学会(IEEE)、電子情報通信学会
研究室HP http://d-wise.awcc.uec.ac.jp/
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掲載情報は2021年5月現在

石橋 功至 Koji ISHIBASHI

ネットワーク化によってさまざまな社会課題を解決する超スマート社会「ソサエティー5・0」を支えるインフラとして、第5世代通信(5G)の商用サービスが現在導入されつつあります。一世代前の4G/LTE-Advanced通信に比べると、通信速度は20倍、接続端末数は10倍、通信遅延は10分の1になり、高速・多数同時接続・低遅延の三大要素が5Gの特徴とされています。

5Gの限界

ソサエティー5・0では、自動運転車、配送ドローン、工業用ロボットなどを無線で接続することで、従来人が行っていた作業が自動化され、社会を支えるための公共サービスのコストを大幅に下げられると考えられています。しかし、突発的な環境の変化によって通信が途切れてしまう無線の不安定性や、高速、多数同時接続、低遅延の組み合わせといった複雑で多様な通信への要求に対して、現在の5Gでは十分に満たすことができません。例えば、多数の自動運転車を無線で制御する場合、通信の不安定性や遅延の発生によって、走行中の緊急制御が間に合わずに事故につながってしまう可能性があります。
また、大量のセンサーなどのIoT(モノのインターネット)デバイスを通して現実世界のデータをリアルタイムに収集し、これを人工知能(AI)によって解析することで、新しい社会サービスを生み出すことが期待されています。しかし、寿命のある電池式のIoTデバイスを大量に設置した場合には、その維持管理コストは膨大になり、現実的ではありません。

通信許可を不要に

このような背景において、石橋功至教授は「圏外も電池切れもない世界の実現」をスローガンに掲げ、5G以降(ビヨンド5G)、6Gに向けた新しい無線通信の研究に取り組んでいます。「これらの二つの大きな目標に向けて、理論と実験の両面からさまざまな技術を開発し、最終的に社会システムとして実装したい」と石橋教授は意気込んでいます。
最近の主な成果の一つとして、多数の端末を同時に接続し、さらに超低遅延を両立した新たな通信方式「ホイッスル(WHISTLE)」を開発しました。これは基地局による通信許可なしで、自由にデータをやりとりできるグラントフリー非直交伝送法に基づく方式で、1ミリ秒以下の遅延時間で、最大3万台のユーザーが100バイト程度のデータを同時に送信できます。

考案したグラントフリー非直交伝送法

グラントフリー(NOMA)とは

既存の方式では、データ送信の際に通信の許可である「グラント」を基地局から取得する必要があり、これが10ミリ秒程度の遅延を生んでいました。石橋教授は時間と周波数の2次元に参照信号とデータ信号をそれぞれ異なる形式で拡散し、圧縮センシングに基づいた効率的な復調によって、多数のユーザからの制御信号といった小容量のデータを低遅延かつ同時に伝送できるようにしました。将来、自動運転車やドローン、スマートファクトリー、リアルタイム遠隔治療などを支える技術になりそうです。

IoT向け環境発電

また、従来の基地局の概念を覆す「セルフリーネットワーク」技術の研究も大きな可能性を秘めています。これは、これまで基地局にあった電波を送受信する機能と、それらの信号処理を行う機能を物理的に分割し、これらを光ファイバー回線でつなぐことで、設計自由度を高め、高信頼で高速な通信ネットワークを実現するものです。「今の基地局の基本構成は50年以上前に提案されたものだが、無線資源を極限まで活用するには、基地局アーキテクチャそのものの変更が必要だ」と石橋教授は考えています。

セルフリーネットワーク技術
太陽光から電力を集めて通信するエナジーハーベスティングシステム

このほかIoT向けとして、電池を一切利用せず、環境中から太陽光や浮遊電磁波といった電力を集めて半永久的な電力供給を可能とする環境発電(エナジーハーベスティング)技術を用いた無線通信システムも研究しています。

最近は、環境中に存在するLTE信号やWi–Fi信号を反射・吸収して情報を伝送する「アンビエントバックスキャッタ通信」に力を入れており、すでに現在の一般的な通信端末の消費電力に比べて100万分の1以下であるナノワット(ナノは10億分の1)レベルの消費電力で動くシステムを完成させています。エナジーハーベスティングと組み合わせることで半永久的に動作させ、メンテナンスフリーなIoTシステムが実現できることから、次世代の通信技術として、今後徐々に定着していくでしょう。

LTE信号などを反射・吸収することによって数百ナノワットでの通信を実現

アンビエントバックスキャッタ通信とは

理論と実験を行き来

理論研究とデバイス系の研究は、一般的にはどちらか一方に偏るのが普通であり、理想的な理論を構築してそれに基づくシステム全体を設計するという試みはほとんど行われていません。その中で、情報理論からプログラミング、デバイス設計、ネットワークプロトコルの構築に至るまで、理論と実験を行き来しながら一貫した研究を進めていることが石橋研究室の大きな特徴といえるでしょう。こうした強みを生かし、ユーザの要求に応え、信頼性を向上した新しい無線通信の世界を実現しようとしています。

【取材・文=藤木信穂】