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国立大学法人 電気通信大学

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研究者情報:研究・産学連携

研究室紹介OPAL-RING
佐々木(成)研究室

ナノの世界の摩擦(ネバネバ)を見る・制御する

所属 大学院情報理工学研究科
情報理工学域
共通教育部
メンバー 佐々木 成朗 教授
所属学会 日本表面真空学会、日本物理学会、日本トライボロジー学会、表面技術協会、応用物理学会、日本機械学会、日本化学会
研究室HP http://nanotribo.g-edu.uec.ac.jp
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掲載情報は2021年5月現在

佐々木 成朗 Naruo SASAKI

日常生活において「摩擦」というと、何を思い浮かべるでしょうか。摩擦とは、モノとモノがこすれ合う時に生じる力であり、モノが動こうとすると現れる現象です。一方の動作を邪魔するようにも見えることから、“邪魔者”扱いされることもあります。比喩的には「国家間のあつれきによって貿易摩擦が生じた」、「人間関係の摩擦が心をすり減らした」などと使われたりもします。
実は、摩擦は日常的にありふれた物理現象であり、人工物から自然界まで至るところに存在します。例えば、消しゴムで文字を消したり、乗り物のブレーキでタイヤの動きを止めたりするのも摩擦の力です。バイオリンやチェロなどの弦楽器の演奏や、スキーやスケートといったスポーツでも摩擦の制御が要になっています。コオロギが鳴くのも摩擦の仕組みです。摩擦がなければ、人は歩くことすらできません。近年では、プレートや断層間の摩擦現象を解明することで地震のメカニズムの研究にも発展しています。

ナノ世界の摩擦

佐々木成朗教授は、日本では数少ない摩擦の科学の専門家です。さらに特徴的なのが、活動の舞台がナノ(ナノは10億分の1)の世界であることです。日常の世界では大きな問題にはならなくても、極微なナノの領域に入り込むと、摩擦の力は相対的に大きくなります。ナノの世界において、摩擦は粘性を持つ「ネバネバ」の状態となり、モノとモノとを否応なしにくっつけてしまう、文字通りの邪魔者になってしまうのです。
「ナノの世界のネバネバ(摩擦)を制御して、その原理や原則をバイオテクノロジーや環境分野に応用したい」というのが佐々木教授の研究の目的です。摩擦を限りなくゼロに近づけたり、反対に、摩擦を無限大(∞)まで最大化してネバネバ状態を活かしたりするなど、摩擦をうまくコントロールすることで、省エネルギーの特性を示す材料開発などに役立てようとしています。理論家ながら、実験家と二人三脚で研究に取り組んでいるのも、応用を強く意識しているからこそでしょう。

超潤滑とヤモリテープ

研究の概略図 ネバネバを①消す、②生かす、③見る

摩擦をゼロに近づける試みとして、サッカーボール型の分子であるフラーレン(C60)を炭素原子のシートであるグラフェンで挟み、ネバネバを消す「超潤滑」状態を作り出すことに成功しました。「床にパチンコ玉がばらまかれたのと同じような構造」(佐々木教授)で、ピコニュートン(ピコは1兆分の1)レベルの微小な摩擦しか生じないことが分かりました。回転運動を支える、いわゆるベアリング(軸受)を分子で設計することができたのです。

ネバネバを消す研究C60分子ベアリングの概念図

逆に、摩擦を最大化すると、モノとモノとを接着することができます。摩擦を利用すれば、いったん貼り付けたモノでも簡単に引き剥がすことができます。生体模倣の例として有名な「ヤモリテープ」は、ヤモリの足裏に無数に生えている繊毛によるファンデルワールス力が生み出す「接着力」を利用した強力な接着剤です。佐々木教授はこの特性をナノレベルで再現することに挑みました。ヤモリの繊毛の働きを一本一本、カーボンナノチューブやグラフェンで模倣したところ、接着や剥離の微視的な特性が、シミュレーションと実験とで良好な一致を見せたのです。
こうした摩擦の制御だけでなく、摩擦そのものを測定する「ナノ力学計測」の理論研究にも力を入れています。例えば、鉛筆の芯に使われている黒鉛(グラファイト)の表面で生じる原子スケールの摩擦を、世界で初めて理論的に再現しました。グラファイトのナノ摩擦測定の実験に対して初めて定量的解釈を与えた結果です。
さらに、佐々木教授はシリコン表面のピコメートルスケール力学の実験に解釈を与えることにも成功しています。また、理論を基に動摩擦のメカニズムを調べるエネルギー散逸計測の実験手法を提案したり、数分で試料表面のカラーの化学コントラスト像が得られる原子間力顕微法(カラーAFM)を開発することにも成功しています。

力学の基礎法則の再考

低摩擦(ネバネバを消す)研究の背景と展開

こうした研究の背景には、摩擦が起こる接触部分の動力学についての佐々木教授の考察があります。トライボロジー(摩擦科学)の教科書には「摩擦は真実接触面積に比例して大きくなる」と書かれていますが、研究結果から「材料による違いもあり、ミクロのスケールでは接触状態を統一的に定義できない」ことが分かっています。そもそも接触界面はマクロスケールでは平面に見えても、ミクロで見れば表面には凹凸があるのです。

高摩擦(ネバネバを生かす)研究の背景と展開。ネバネバする足を持つヤモリの生体模倣によるモデル化。

以来、佐々木教授は「接触とは何か」という基本的な概念を掘り下げ、力学の基礎法則の再考を掲げています。最近、2層のグラフェンシートをわずかにずらして重ねると超伝導が起こることが発見されました。その状態ではグラフェンシート間の摩擦が非常に小さい超潤滑状態になっているため、「超伝導と超潤滑の結合によって、新規のインテリジェントデバイスが作れるかもしれない」と佐々木教授は考えているのです。

摩擦研究のハブに

測定されたグラファイト表面の原子スケール摩擦。理論は実験結果を再現することに成功している。

興味深いことに、摩擦はまた、経済問題やエネルギー問題にも大きく貢献すると言われています。佐々木教授によると、モノづくりの分野で摩擦を減らすことができれば、およそ20兆円規模の経済効果が生まれるという試算があるそうです。「例えば、『摩擦の塊』である自動車などの機械製品において、内部の部品間の摩擦を減らすことで、製品寿命の大幅な向上が見込める」と言います。摩擦が低下すれば、エネルギーの利用効率も高まるでしょう。

測定されたシリコン表面のピコメートルスケール摩擦。理論は実験結果を再現することに成功している。

電気通信大学は2017年に、摩擦や凝着のメカニズムを原子・分子レベルで解明する「ナノトライボロジー研究センター」を開設しました。佐々木教授はセンター長として、「国内外の機関と連携し、日本初となる産学官によるナノ摩擦研究のハブ(中核)拠点として盛り上げていきたい」と意気込んでいます。摩擦でエネルギーが散逸するメカニズムの解明をベースに、より摩擦の低い潤滑剤や、環境に優しい省エネ材料の開発、ナノの世界でもスムーズに動く分子機械の設計などにつなげていく考えです。

摩擦の研究は、16世紀にレオナルド・ダ・ヴィンチのスケッチから始まったと言われています。「原子レベルから地球、そして宇宙まで、摩擦は普遍的な現象であるからこそ、その研究の意義は大きい。我々は応用(工学)と基礎(理学)とを行き交い、橋渡しする役目がある」と、佐々木教授は使命感に燃えています。「ナノトライボロジー」という学問分野を確立し、“新しい理工学”を作り出したいと考えているそうです。

摩擦を原子分子のレベルから制御する

ナノスケールで接着を制御する

ナノレベルで見る摩擦と日常の摩擦の違い

ナノトライボロジー研究センター

【取材・文=藤木信穂】