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生涯学習:地域交流・国際交流

創立100周年記念公開講座 -超スマート社会の実現を目指す最先端の科学・技術研究-(第3回)

電気通信大学は2018年に創立100周年を迎えます。この記念事業のひとつとして、2017年6月から全6回の公開講座を実施いたします。

ナノトライボロジーで超低摩擦をめざします

鈴木 勝 教授(共通教育部)

摩擦による経済損失

1966年にイギリスで「ジョストレポート」という報告書が発表されました。これは、摩擦によってどのくらいの経済的な損失が発生しているかを見積もったレポートです。その結果、当時で約5.5億ポンド(5,000億円)の損失が発生していると見積もられたのです。具体的にはどのような損失が起こっているのでしょうか。摩擦や摩耗によって、機械が壊れたり、部品を交換したりする必要が生じます。また、修理やメンテナンスの間は機械が止まっているので生産できません。2011年に日本でも摩擦による経済損失の試算が行われました。その結果は、17.3兆円(GNPの約3%)です。摩擦をコントロールすることで、GNPを3%増やせるのです。これが摩擦を改善するモチベーションになっているのです。
摩擦について先進的な取り組みを行っているのは、自動車業界です。平地をガソリンエンジンの自動車が走っていく場合を考えてみましょう。まず、エンジンの中でガソリンを燃やして、これを機械的なエネルギーに変換します。これには熱機関としての理論的な上限があって、ガソリンの持つエネルギーの100%を機械的なエネルギーにすることはできません。利用できるのはおよそ40%です。しかし、その40%がそのまま走行するためのエネルギーに使えるわけではありません。まず、エンジンの出力は機械的なエネルギーの半分しか取り出すことができません。ピストンの中の摩擦があったり、クランクの摩擦があったり、伝達機構でもロスが発生するからです。最終的に走行のために使われるエネルギーはガソリンが持つエネルギーのわずか5%にしかすぎません。ですから、自動車会社は、いかに摩擦を少なくして、燃費の良い自動車を作るかに取り組んでいるのです。

歴史の中の摩擦

次に紀元前1,880年のエジプトの洞窟の壁画を紹介しましょう。この絵では大きな石像をたくさんの人が運んでいます。古代エジプトの絵画は、実際に働いていた人の人数を正確に描いています。この絵の大きな石像を乗せたソリの前に立つ人に注目してください。ツボから何かを注いでいます。

ここで「摩擦係数」を説明しましょう。摩擦係数とは、物体を移動するときに、引っ張る力を物体の質量で割った数値です。例えば10kgの物体を5kgの力で移動させたときの摩擦係数は0.5です。土の上にある石を引っ張る場合、を考えてみます。土が乾いているときは0.5、濡れているときは0.2といわれています。また木と木の場合でも乾いているときはおよそ0.5、濡れているときはおよそ0.2です。
古代エジプトの壁画に描かれている石像の重さは、現在残っている石像から推定すると約60トンです。壁画に描かれている人数は172名、引っ張る力を1人あたり80 kgとして摩擦係数を計算するとおよそ0.23です。木と木を濡らしたときの摩擦係数0.2と等しい値です。ここから古代エジプトでも水を潤滑剤として摩擦を減らし、石像を運ぶ工夫をしていたことが分かります。

摩擦の法則

15世紀の天才、レオナルド・ダ・ビンチのノートに摩擦に関する考察が残されています。ダ・ビンチは、石材のブロックを運ぶとき置き方によって引っ張る力が小さくなる向きがないかを調べるために、入試問題に出てくるような台の上にブロックを置いて引っ張る実験をしました。そしてダ・ビンチは、ブロックをどの向きに置いても、引っ張る力がほぼ同じだということに気づきました。 高校の物理では摩擦の法則について学びますが、この法則をまとめたのは、18世紀の物理学者、シャルル・ド・クーロンと17世紀の物理学者のギヨーム・アモントンです。アモントン=クーロンの摩擦法則とか、ダ・ビンチ=アモントン=クーロンの摩擦法則と呼ばれたりします。
摩擦の法則は次の3つです。1つ目は、摩擦力は見かけの接触面積によらない。これは、まさにダ・ビンチが気づいたことです。2つ目は、摩擦力は荷重に比例する。これも、ダ・ビンチが発見しています。そして、クーロンが3つ目を付け加えました。動摩擦力は静摩擦力よりも小さくて、速度にはよらない。これらの法則は固体と固体が潤滑剤もなく触合う場合であるなどの条件があります。 では、何が摩擦力を生み出しているのでしょうか。クーロンは摩擦の正体を物体の表面のデコボコだと考えました。ノコギリの歯を想像してみてください。接触面のデコボコが噛み合っていると、横に移動するためにはデコボコの山を超えなければなりません。このときに山を超えるために引き上げる力が摩擦力だと考えたのです。これが「凹凸説」で、3つの摩擦の法則がうまく説明できます。また簡単な数学を使ってで摩擦係数を計算することができて、それは平均の傾きのタンジェントになります。この説明が19世紀のはじめ頃まで信じられていました。
ところが、19世紀になって機械加工技術が進歩してくると、それまでよりもデコボコの少ない平らな表面を作れるようになってきます。クーロンの説明では、平らになれば摩擦係数はどんどん小さくなるはずです。でも、現実は違いました。 現在、摩擦力は物体と物体の一部分が接触している「真実接触点」が生み出していると考えられています。これを「凝着説」と呼びます。物体が重いと、真実接触点が増えるので、摩擦力も大きくなります。平らなアクリル板を2枚重ねて、光の干渉を利用して接触点を観察すると、広い面積のほんの一部しか接触していないことが分かります。ほんの一部の真実接触点を引き剥がすのに必要な力が摩擦力だったのです。

ミクロな世界と摩擦

摩擦を減らす方法の1つ目は、物体同士が直接触れないようにする。例えば、潤滑剤を使う方法があります。多くの機械にはグリースなどの潤滑剤が使われていますね。もう1つは「ベアリング」を使う方法です。ダ・ビンチのノートにもベアリングのイラストが描かれています。

でも、潤滑剤が使えない場合もあります。例えば、ミクロの機械です。現代は、半導体の技術を使って、小さな機械を作ることができます。直径が0.12ミリの小さなマイクロモーターを作ることも可能です。
ここで、フィギュアスケートの回転を思い出してみてください。選手が両手を伸ばしているときと比べて、手を身体に付けているときのほうが、早く回転していることに気づくはずです。モーターも小さいサイズのほうがより早く回転すると考えられました。しかし、計算上は1分間に12万回転するはずでしたが、実際には50回転ほどで、期待した回転数ではありませんでした。
その原因は摩擦力です。モーターのサイズがものすごく小さくなったために、固体と固体が触合う真実接触点の影響がものすごく大きくなって、回転を邪魔していたのです。この結果から、小さな世界で摩擦を考える場合には、これまでとは異なる新しいアプローチが必要であることが分かります。

超低摩擦への挑戦

摩擦に対する新しいアプローチ、それが「ナノトライボロジー」です。ナノトライボロジーは、原子レベルの摩擦を研究する新しい学問です。原子レベルの摩擦を測定する方法は、原子間力顕微鏡の原理を応用した「摩擦力顕微鏡」や、原子がフラットに並んでいる雲母などに試料を挟んで測定する「表面力測定装置」、水晶の振動を利用する「水晶マイクロバランス」など、限られた方法しかありません。

ここで私の研究内容をご紹介します。1つ目は、真実接触点の摩擦力の性質を調べることです。現在、摩擦力顕微鏡と水晶マイクロバランスを組み合わせた新しい方法で原子レベルの摩擦の解明に取り組んでいます。
2つ目の研究テーマは、ナノトライボロジーで超低摩擦を実現することです。真実接触点の影響が大きいミクロの世界では、潤滑剤が接着剤の役割を果たして使えません。では、ベアリングはどうでしょうか。幸いなことに、自然は「カーボン60」という物質を用意してくれました。これは、炭素原子がサッカーボール構造をとった球状の物質です。これを2枚のグラファイトシートで挟むことで、分子ベアリングを作ることができます。実際に分子ベアリングの摩擦力を測定してみると非常に小さいことが報告されています。マイクロモーターや、潤滑剤が使えない宇宙空間などでの超低摩擦を実現できるのではないかと期待しています。
摩擦は、人類が4,000年前から取り組んできた課題です。そして、まだまだ分かっていないことがたくさんあります。摩擦をコントロールする方法も、物質の表面を加工したり、新しい材料を使ってみるなど、研究されていないテーマが数多く残されています。摩擦をコントロールする新しい方法を研究することで、超スマート社会の実現を目指していきます。

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