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生涯学習:地域交流・国際交流

創立100周年記念公開講座 -超スマート社会の実現を目指す最先端の科学・技術研究-

第1回 人工知能の次は何か? 宇宙システムからヘルスケアまで、今までの常識の変革に迫ります

髙玉 圭樹 教授(情報学専攻)

現在のAIを超えるトランスデント・インレリジェンス

人工知能は、最近、人間を超えてきているという話がいろいろなところで聞かれるようになりました。例えば、アメリカの大手コンピュータメーカーのIBMがつくったWatsonは、2010年にクイズ番組で人間のチャンピオンに勝ちました。クイズに勝つには、問題の意図をとらえ、それから正解を引き出す必要があります。さらに、いち早く回答権を得るために、問題文を予測する能力も要求されます。そのような能力を初めて実現したということで、非常に脚光を浴びました。

髙玉 圭樹 教授

また、2017年5月には、アメリカのIT企業Google DeepMind のAlpha GOが、世界ランク1位の棋士である柯潔九段に3戦全勝しました。囲碁はとても難しく、コンピュータはなかなか勝つことができないといわれていたが、いちばん強いとされる人間に3戦全勝するまでになっています。
このような躍進を目の当たりにすると、人工知能は人間を超えるところまで来たのではないかと感じることもあります。ただ、これらの人工知能は機械学習の一つである教師あり学習で実現されており、先生が問題の答えを教えて学習していくというやり方であるため、教える人がいないとコンピュータは賢くなれないし、教えた以上のことはできません。
これからの時代を考えていくと、ロボットやコンピュータが自らの能力を高めていく人工知能の技術が必要です。しかし、それだけではない。このような技術ができると、コンピュータの能力を高めるのはもちろん、私たち人間の能力も高めるのに役立ちます。私は、この新しい潜在能力を引き出す人工知能を、「今の能力を超える知能」という意味合いのトランスデント・インテリジェンスと呼んでいます。その例を4つ示しましょう。

宇宙線に負けずに自ら進化する

1つ目は、プログラムを進化させるAI。コンピュータのプログラムは、通常、人間のプログラマーがつくったものです。つまり、コンピュータは人間の指示通りに動いています。このようなコンピュータへの命令は、0と1の組み合わせでているが、宇宙ではエネルギーの高い宇宙線がたくさん飛んで宇宙線を浴びると、0が1になったり、1が0になったりするようなビット反転が起こります。実際、国際宇宙ステーションでは、ノートパソコンが15時間に1回の割合でビット反転が起こっており、コンピュータに悪影響を与えています。

講演中の様子

宇宙でビット反転によるエラーが起こらないようにするための対策として、シールドによる保護や電子回路の冗長系が採用されているが、コンピュータが重くなったり、面積が大きくなったりします。そうすると、宇宙に打ち上げるのに多くの費用がかかるという問題点が生じます。そのような問題を解決するために、私たちはビット反転をDNAの突然変異と同じものととらえるように発想を転換させました。
DNAは4つの記号で遺伝情報を伝えるデジタルデータのようなもの。生物は進化の過程でビット反転のようにDNAの文字が変化してきました。つまり、ビット反転をうまく使えば、プログラムを進化させる可能性があるので、宇宙線が当たれば当たるほど進化していくプログラムを開発しました。この人工知能は小型衛星に搭載され、宇宙へと打ち上げられました。地上での再現実験は、簡単なプログラムで目的を達成できるように進化させることに成功しました。宇宙でも、人間が思いつかなかったような方法を実現できるように、プログラムが進化していく可能性があります。

組織学習に基づいて最適な基板を自らつくる

2つ目は未知に適応するAI。人間は初めて経験することに対して、どういう風に対処すればよいかわかりません。それは、コンピュータも同じで、未知の環境に適応できるような知能を獲得することに挑戦しています。
未知に適応するAIは、テレビに使われる電子回路のプリント基板設計プログラムとして開発しました。プリント基板はコンデンサ、抵抗など、様々な部品が適切につながって初めて機能します。基板の中で、部品のつながり方を工夫することで、回路全体を小さくしたり、発熱を抑えたりすることができます。
私たちは、テレビメーカーと協力して、基板に使われる1つ1つの部品が人間のように自ら基板を動き、全体として調和するプログラムをつくり、なるべく短い配線で基板を設計できるようにしました。多くの部品が協力して1つの基板をつくるという話は、多くの人が協力して1つのプロジェクトを成功させるという話にとてもよく似ています。そこで、個人では達成できない問題を組織的な活動で解決する組織学習の考え方をプログラムに組みこみました。その結果、基板が設計された後に新しい部品が追加されても(コンピュータにとって未知の状況になっても)、組織学習によって、それぞれの部品が適切に動き、実際に販売された専門家によって設計した商品よりも短い配線で基板をつくることに成功しました。未知の状況に対応するプログラムは、コンピュータのもっている潜在的な能力を高めていく可能性を秘めています。

コンピュータで交渉力トレーニング

3つ目は、人間の技量を向上させるAI。この技術では、コンピュータの中にエージェントという人間のような役割をするプログラムを設計し、人間がエージェントとやりとりをすることで、その人がもっている潜在的な交渉能力を高めます。
交渉能力と聞くと、すぐに話術が思い浮かぶが、話術は交渉能力の一部。ここでは、自分が有利か不利かを判断する能力を養います。交渉には有利、不利がつきもので、互角の条件で交渉できることはほぼありません。相手と自分を見て、有利か不利かを見きわめることができれば、交渉をうまく導くことができます。
私たちが利用したのは、ゲーム理論の基本的な例題のバーゲニングゲーム。このゲームは、100万円を2人が同時に見つけたときに、どのように分け合うかを交渉するもので、2人が交互に条件を提示し合い交渉します。10回以内の条件提示で合意できれば、合意した割合でお金をもらえ、10回以内で合意できなければ2人ともお金をもらえません。

このゲームは一見すると、50%ずつ分けるのが一番良い解に思えるが、実はそうではありません。10回目に条件を提示する方が若干有利な条件になっています。自分がどれだけ有利か、または不利かがわかれば、相手に提示する案が見えてきます。そういうことに気づかせることがターゲットとなるのです。
複数の異なるタイプのエージェントの効果を見るために、人間と同じように交渉する人間型、自分が有利なときには強気に出て、不利なときには弱気になる強気弱気型、常に50%を提示する公平型のエージェントをつくり、3人の被験者に協力してもらって実験をおこいました。まず、Aさんは人間型、Bさんは公平型、Cさんは強気弱気型というように、それぞれのエージェントと対戦し、その後、人間同士でそれぞれ40ゲームずつ、総当たりで対戦しました。
その結果、最初に人間型と対戦したAさんは、BさんにもCさんにも勝ち越しました。しかし、80ゲーム全体の勝率では強気弱気型と対戦していたCさんが一番高かったのです。強気弱気型は、自分が有利なときと不利なときの態度がはっきりしているので、Cさんは対戦しながら自分が有利なときと不利なときを学習し、相手との対戦成績よりも着実に利益を得る方を意識した交渉をするようになりました。一方、人間型と対戦したAさんは、それぞれの人との勝負に勝つことを意識した交渉をすることを身に着けるようになりました。

ここで対戦した強気弱気型エージェントは、電化製品などの販売交渉能力を高めるのに向いています。つまり、お客さんに対して少し値下げして利益が下がっても、他のお客さんでカバーすればいいというように交渉力を鍛えることができるのです。一方、不動産のような高額の商品を売る場合は、値下げせずに自分の提示する金額で買ってくれるように交渉する必要があるので、人間型エージェントの方が合っています。
このようなエージェントを活用したITに基づく人材育成は、これまでのEラーニングのように画一的な知識を与える新入社員向きのものとは異なり、交渉力、リーダーシップなどを養う経営幹部向けの人材育成プログラムに貢献できます。

睡眠改善の糸口を提示

そして、4つ目が健康を導くAI。今回は、健康に関わるものの中でも睡眠に注目しました。まず、心拍数、呼吸などのデータを常に計測できるマットセンサを活用し、横になっている人の睡眠状態を把握するコンピュータ・エージェントを開発しました。そして、その人が眠りやすくなる条件を探っていくと、音楽のテンポが重要であることがわかりました。
人間の心拍のテンポは深い眠りのときは、少し遅くなり、起きるときは速くなります。そこで、音楽のテンポを横になっている人の心拍のテンポと合わせた後で、そのテンポよりも5%ほど遅くしました。これは自分が数分後になる心拍のテンポを先に聞かせていることになります。すると、多くの人が早く眠れるようになったのです。この技術を使えば、眠れない人も早く寝つけるようになるかもしれません。
会場の様子

また、日中の行動も睡眠に対して大きな影響をもちます。介護施設でお年寄りの生活と睡眠の状況をデータ化し、日中の行動と睡眠の質との関係を調べました。一般的に、お風呂に入ることはよく眠れるために重要なことであるが、コンピュータは、お風呂に入らなくてもよく眠れるという結果を導いた。最初はその結果を理解できなかったが、お年寄りの方にインタビューをしてみると、その方はリハビリで汗をかいた後にお風呂に入れないことは不快で、そのことが気になってなかなか寝付けない一方で、リハビリをしない日は汗をかかないので、お風呂に入れなくても大きく気にならずに眠れることがわかりました。そのような関係が分かったので、リハビリの日とお風呂に入る日を一緒にすることで、睡眠の質が向上したのです。
このような事例を積み重ねることで、より深く眠れる人が増えました。コンピュータが指摘した内容に基づき、その人の生活パターンを変えるだけで、睡眠の質がよくなったのです。今後、このような知見を介護施設に導入すれば、夜中のお年寄りの徘徊は減少していくでしょう。
人工知能を教師あり学習で答えを与えて賢くする方法には限界があります。しかし、これらの事例が示すように、コンピュータが自らの能力を高めたり、人の潜在的な能力を引き出す技術を開発することで、新たな可能性が開けてくるのです。

 
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