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国立大学法人 電気通信大学

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新たな世界を切り開け 電気通信大学が挑み続ける最先端技術の研究。
それはどんなコンセプトのもとに実践され、具体的にどんな取り組みがなされているのか、
キーパーソンに聞いた。

日本の社会を豊かにする制御工学。教授 新 誠一

日本の社会を豊かにする制御工学

 情報理工学域長を務める新誠一教授は、日本経済を支える自動車、家電、コンピュータ、部品などのメーカーをはじめ、さまざまな領域の企業や団体と共同研究を展開し、次々と製品化、システム開発を行うなどして、安心で安全、環境に対処したものづくり、社会基盤の整備を進めている。長年にわたって研究する「計測と制御」の技術は、マイコンが搭載されたエアコンや炊飯器をはじめとする家電製品、完全自動運転を目指す自動車の制御システム、生産工程や在庫の管理、災害に備えたライフラインの統制など、生活のあらゆる場面で活用され、社会の重要インフラのセキュリティ確保にも欠くことのできない役割を果たしている。

 「制御とは、制することと、御することです。制するは、室温を一定に保つとか、気持ちの平静を維持するといったことです。部屋に人が出入りするとか、太陽の光が入ったり、戸を開閉するなど、わたしたちが外乱と呼んでいるさまざまな事象があっても、一つの状態を保つことが制するということです。一方の御するとは、何かを思い通りに動かすことで、安らかに眠るために室温がこう変わってほしいとかを実現することです。こうしたことは人間が地上に登場したときからあるもので、環境や経済の状況を制御するなど、言葉自体はとても一般的なことです。電子制御は効率や安全性の向上など広範囲で使われ、数学ベースのモデルを活用して困難な問題の解決に当たっています」と新教授は説明する。


測定で「見える化」し
より高度なシステムを生み出す

 制御を行うには、制御する対象がどんな状態にあるかを知る必要がある。そのためには測定という技術が不可欠となる。新教授は、一定時間における周波数の状態を定量的に分析するフーリエ変換など従来のスペクトル解析に代えて、周波数の時間変化とともに信号の状況を調べる時間―周波数解析のウェーブレット変換を応用して測定を行い、システムの同定や推定、異常の検出、さらには機器などの状態の可視化までも可能なものにした。

 「自動車のエアバッグは縁石に乗り上げただけで開いてしまうことが起こりうるメカニカルな装置でしたが、自動車メーカーの仕様書には高速運転時の衝突でしか開かず、さらに正面衝突や側突、トラックの下などに潜り込むアンダーライドなど衝突の仕方で開くまでの時間が異なるといった厳しい要求が記されていました。衝突の違いによる特徴的な周波数をウェーブレット変換で検出し、電子制御する安価なシステムを作ることができました。エンジン、タイヤや路面の状態もウェーブレット変換で音解析することができます。それらはグラフに表すことで『見える化』が可能になり、誰もが理解できます。そこからより精度の高い制御が可能になり、製品としての性能が上がっていきます。さらには出来上がったものをつなぐネットワーク化、システム化という段階へと進んでいきます。人間の生活サイクルや環境に合わせて、それぞれの家電品が互いに通信を行い、自律的に協調して省エネなどを実現するシステムはその一つで、大きな可能性があり、注目を集めています」

重要インフラのセキュリティ
産学官連携

 新教授は経済産業省が呼びかけ、民間が集結して2012年に発足した技術研究組合「制御システムセキュリティセンター」(CSSC、Control System Security Center)の理事長を務める。制御システムのセキュリティ分野における世界標準や評価認証制度を国内に持ち込むとともに、日本初の制御システムセキュリティマネジメントシステム認証制度のパイロットプロジェクトを立ち上げるなどし、わが国の情報処理の安全性確保に大きな貢献を果たしたことが評価され、平成29年度情報化促進貢献個人等表彰者として経済産業大臣賞を受けた。

   
   

 「ソフトウェアは膨張化の一途にあり、電子制御でも数十万行ものソフトが必要です。身近にあるスマホやデジカメでさえ、中身がどうなっているかは一般の人には分かりません。測定で『見える化』をしたのと同様に、誰にでも分かるように説明する必要があります。発電所やエネルギープラントなど重要インフラの制御システムに対するサイバー攻撃への対処は国家の安全保障、危機管理上で非常に大きな課題です。CSSCではセキュリティ確保のための研究開発、国際標準化活動、認証、人材育成、普及啓発などを一貫して行っています」

     

 新研究室では2020年の東京五輪におけるセキュリティ対策も視野に、同じくCSSCのメンバーである大手電機メーカー、ネットワーク機器の開発、製造、販売を行う企業と連携し、ホワイトリスト形式によるインフラのセキュリティシステムの開発を急ピッチで進めている。コンピュータウィルスなど有害な対象をリストに入れて排除するブラックリスト形式では、未知の危機に対して脆弱性を示すのに対し、ホワイトリスト形式は安全が確認されている対象のリストを作り、それ以外を排除するため危険な対象をほぼ完全に遮断できる。しかし、ホワイトリスト形式は正しいパターンの定義が難しく、制限も強いため開発が困難とされてきた。

   

 「インフラを守るものとしてホワイトリスト形式で動くシステムはこれまでありませんでした。内閣府からも高い評価を受けて実用化が進められ、既に製品化されています。私は車のドアミラーを廃してカメラ化する提案を12年前にしましたが、実用化されたのは昨年の秋でした。これまで長い時間を要していましたが、現在は大学の研究と産業が非常に近いものになってきています。研究と同時に商品ができてくるような感じです。さまざまなジャンルにおいて、安全、安心、環境などに対して強い問題意識を持ちながら、社会に役立つものづくりを提案し続けていきたいと願っています」