このページの先頭です

メニューを飛ばして本文を読む

国立大学法人 電気通信大学

訪問者別メニュー

ここから本文です

新たな世界を切り開け 電気通信大学が挑み続ける最先端技術の研究。
それはどんなコンセプトのもとに実践され、具体的にどんな取り組みがなされているのか、
キーパーソンに聞いた。

思考力問う作問手順を初めてマニュアル化。教授 久野 靖

思考力問う作問手順を
初めてマニュアル化

 情報通信技術の飛躍的な発展によってビジネスの進め方や私たちの生活は大きく変貌した。もはや情報システムとの関わりなしに生きて行くのは難しい時代になったと言える。半面で情報技術にどう向き合い、情報技術をどう習得するのが望ましいかという観点からすると、多くの課題が浮かび上がってきている。久野靖教授は、個人の能力の評価手法の研究や教育の各段階で情報学の何を学ぶべきかの体系化などを通じ、日本の将来に大きな影響を及ぼしそうな情報の活用をめぐる様々な問題の解決に向けて貢献している。情報技術の専門家の集まりである情報処理学会の情報教育シンポジウムSSS2018で、久野教授が発表した「思考力・判断力・表現力を評価する試験問題の作成手順」と題した論文は、優秀論文賞に輝いた。

 同論文が作成された背景には、大学入試で思考力に重点を置いた判定が望ましいとの考えが強まっていることがある。これをうけて、文部科学省の委託事業として、大阪大学や東京大学、情報処理学会が「情報学的アプローチによる『情報科』大学入学における評価手法の研究開発」に着手し、久野教授もメンバーとして加わった。この事業では思考力・判断力・表現力を評価する手法、さらにはそうした評価をするための問題の作成方法について検討が重ねられ、同論文はその一つとして思考力などに対応した作問手順についてまとめたもの。

久野教授は「考える力である思考力を測る問題は、知識を問う問題と違って作問が非常に難しい。そこでまず、馴染みのない文章を読んでも意味を理解できるといった思考力の定義から始めました。その定義に基づいて問題作成の手法をマニュアルとして示したのがこの論文の骨子です」と説明する。

 大学入試で思考力などを測ろうとした場合、その方法は解答を記述させるのが手っ取り早い。しかし、採点に多大な労力を要するうえに採点者による評価のばらつきなど多くのトラブル発生が予想される。そうしたことを踏まえ、マークシート方式によるコンピューター採点に、知識問題だけにとどまらずに思考力を問う問題も選択肢として付加できることを示した形になる。

 久野教授は「この方式を採用するかどうかは、試験を行う側が判断することです。ただ、これとは別のこととして、社会の要請に応えてきちんと作問手順などを示すことが私たち情報技術研究者の役割ではないでしょうか」と研究の意義を語る。

 コンピューターでの採点が可能な思考力を測る問題とはどういうものだろうか。作問の一例として、「ぺこぽん数」というのがある。「ぺこ」が1を表し、その繰り返しによって数を示すが、「ぽん」はそれまでの数が倍になると定義。例えば「ぺこぽんぺこぺこぽん」はいくつになるかを答えさせる問いだ(解答は8)。
 定義自体は読解的思考力で読み取り、その解釈方法は手続き的操作を求める点で情報科学的な力も必要になるという。思考力を重視した学習が大切なことは論を待たないが、久野教授は「思考力、判断力、表現力が身についていないと、これからの時代を生きていけないと考えるべきです」と説く。


ソフト操作主体の教え方は問題と警鐘

 久野教授の専門はコンピューターのプログラミング言語。久野靖研究室ではプログラミングを容易にするための新しい言語メカニズムやその実装などを研究している。そしてこの指導に加え、久野教授は入学した学生に対する初年次情報教育という重要な役目も担っている。これまでプログラミング言語の研究とともに、情報教育のあるべき姿の研究・提案などにも深くかかわってきた。

 情報教育をめぐっては、その重要性に鑑み、すでに高校の教科に「情報」が取り入れられ、小学校でも2020年度から既存の科目の中でプログラミングの考え方を教える試みが始まる。

 とはいえ欧米や他のアジア諸国をみると、初等・中等教育段階から情報教育に対する熱心さは日本の上を行く。これからは情報技術分野の人材育成が国の将来を左右するとの認識だ。
 そこで久野教授は次のように警鐘を鳴らす。

 「日本の高校の情報の授業は、表計算などソフトの操作方法を主体にする傾向があります。ソフトという道具を使ってどう問題を解決するのか、どういう手順で解決していくのかという所までは授業がなかなか到達しません。そうするとソフトを使いこなせるなど一定のスキルを持った高校生にとって授業は退屈なものになります。質の高い教員育成が追い付かないという問題も含め、これは極めて重大な問題だと受け止めるべきです」

学びの在り方を教育の段階別に体系化

 「実効性の高い情報教育体制の構築に迫られるなか、日本学術会議情報学教育分科会の活動の一環として久野教授が作成したのが「情報教育の参照基準」。これはいわば小学校、中学校、高校、大学の共通教育(一般教育・専門基礎教育)までの間に何をどのように学んだらいいかを細かく検討、整理して体系化したものだ。数学や社会、国語などの教科は教育の段階別に学びの内容が明確になっているのに対し、情報については技術が日進月歩で進歩していることもあり、いまだに確立されていないのが実態と言っても過言ではない。それだけに教育関係者を中心に大きな注目を集めた。

 
   
 

 その参照基準では、まず学ぶべき分野として情報学を「情報およびコンピューターの原理」「データとその扱い」「プログラムの活用と構築」「情報社会・メディアと倫理・法・制度」「論理性と客観性」「問題解決」など11のカテゴリーに分類した。そのうえで教育の段階別に具体的な学習内容を明示している。久野教授は「この参照基準を各種情報教育の物差しとして使っていただければと思っています」と期待する。

 ここまで情報通信技術が進化し、社会に浸透していることを踏まえると、情報教育のあるべき体制を早急に構築し、能力の高い情報分野の人材を育成しない限り国際競争力の低下を招きかねない。これとともに久野教授は情報に関する日本人の意識転換も求められると強調する。「日本ではコンピューターソフトなど目に見えないものにはお金を出したくないという風潮が根強く残っています。情報技術を使いこなすスキルが必須の時代になっているわけですからソフトに対する認識を改め、情報技術や開発している技術者への関心をもう少し高めてほしいですね」と訴える。