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国立大学法人 電気通信大学

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新たな世界を切り開け 電気通信大学が挑み続ける最先端技術の研究。
それはどんなコンセプトのもとに実践され、具体的にどんな取り組みがなされているのか、
キーパーソンに聞いた。

高性能マスクや三密回避のCO2濃度測定器…直面する課題に応える成果続々。特任准教授 石垣 陽

高性能マスクや三密回避のCO2濃度測定器…
直面する課題に応える成果続々

新型コロナウイルス感染症から身を守るには、マスク着用と三密を避けるという基本に徹するしかない。そのマスクが2020年2、3月頃にドラッグストアの店頭から消え去り、感染への不安感が高まったことがある。この入手難を解消すべく、研究者や有志企業らが協力し、高性能マスクを開発し、安価に入手しやすくするプロジェクトが秘かに立ち上がっていた。音頭を取ったのは大学院情報理工学研究科の石垣陽特任准教授。これに続き石垣准教授は三密の度合いを可視化するセンサーも作り出した。大学の使命の一つに時代の要請を踏まえた社会への貢献がある。それは個々の教職員レベルでも同じだ。高性能マスクなどの迅速な開発を通じ、これを実践した形だ。


オープンソースの
オリマスクプロジェクト始動

石垣准教授がマスク開発をスタートさせたのは2020年4月のこと。共同研究をしている医師から医療機関もマスク不足に陥っているとの情報が寄せられたのがきっかけだった。当時、学生、教員は入構制限のため大学構内に立ち入ることができず、自宅キッチンで研究を行ったという。マスクを作る場合、捕集効率、呼気抵抗、漏れ率という3つの性能をクリアしなければならない。これに加え低コストで製造できて、短期間で製品化する必要性にも迫られた。そこで賛同者を募り、研究成果を公開して誰もが自由に製造方法を利用できるオープンソース方式を採用した。いわば得意とするアイデアを持ち寄る形の共同プロジェクトだ。こうして5月の連休明けには、オープンソースによる高性能マスク開発としては世界初となる「オリマスクプロジェクト」が始動した。このプロジェクトで石垣准教授が考え付いたのは、マスク材料となる一般的な不織布に静電気を使って微粒子吸着機能を持たせようというものだった。

繊維が不規則に絡み合ってシート状になっている不織布の製法には、スパンボンド法とメルトブロー法がある。スパンボンド法で作られる一般的な不織布は網目が粗く、紙おむつなどに用いられる。これに対しメルトブロー法で作られた不織布には静電気による微粒子の吸着機能が備わっており、マスクの材料に向く。

ところがこの時期、日本は海外に依存していたメルトブロー法の不織布を調達できずにいた。新型コロナウイルス感染症の世界的な広がりを背景に供給国が国外への出荷を抑制していたためだ。これがマスク不足を引き起こした主因とされる。国内製造のスパンボンド法による不織布だと網の目が粗く小さな微粒子が通り抜けてしまう。そこで一般的な不織布に静電気による吸着機能を付加し、微粒子が通り抜ける難点を克服しようという発想だ。

具体的なアイデアとして浮上したのは、スパンボンド法で作られた紙おむつ用不織布に使われているポリプロピレン繊維に高電圧の電圧をかけ、エレクトレット(電界を形成し続ける物質)化する方法だ。高電圧をかけるとコロナ放電によって、飛び出した電子が空気の分子とぶつかって繊維内部に入り込みイオンが生成される。これによって一般的な不織布も静電気が働く力が高まり、微粒子の吸着機能が備わるようになる。しかも、この機能は磁石のように半永久的に持続する。一般的な不織布に後加工をし、吸着性能を高めた形になる。石垣准教授は「日本国内で入手できる材料だけで、いかにして高性能マスクを作り出すか、このことが一番の挑戦的な部分だった。また、エレクトレット化すれば静電気力が高まることは学術文献で知られていたが、どういう条件なら達成できるかは不明で手探り状態で進めざるを得なかった」と振り返る。

90%以上の
高い捕集効率と低価格化達成

エレクトレット化されて静電気の力が働く不織布と、そうでない不織布とを比べると捕集性能には歴然とした差がある。エレクトレット化されていないと直径が0.3マイクロメートルくらいの小さなウイルス飛沫などの捕集効率は、半分以下にとどまる。これをエレクトレット化して静電気の力を働かせると7、8割に高まる。同プロジェクトで製品化した「オリマスク」は、3.0マイクロメートル以上のウイルス飛沫などの捕集率が95%に達する。姉妹品の「オリマスクLITE」でも90%以上と極めて高い。そのうえマスクにとっての大事な要素である呼吸のしやすさも優れているとの試験結果も得られている。もう一つ見逃せないのは、購入者が組み立てる方式を取ったことで、価格を「1枚あたり29円から」と安く抑えることができた点だ。当初の購入しやすさという価格面での大きな目標も達成した形だ。同マスクは、クリーンルームなどの設備がある企業なら製造に参加することもできる。

石垣准教授が「オリマスク」の製品開発に要した日数は1カ月ほど。この事例のようなスピーディーでタイムリーな製品化手法については、私たちが常にウイルス感染の危険性と隣り合わせでいるだけに、同様の試みへの期待感は大きい。

 
   

そうした意味で、二酸化炭素(CO2)濃度を測ることで三密(密集、密接、密閉)の度合いを可視化できる機器にも注目が集まっている。高精度CO2濃度測定器「ポケットCO2センサー」がそれだ。石垣准教授と精密電子機器メーカーのヤグチ電子工業(宮城県石巻市)が協力して開発し、同社を通じ2020年8月から販売が始まっている。

 

人間が吐く息には高濃度のCO2が含まれており、人が多く集まると室内のCO2濃度が急上昇する。その数値から密集と密閉の度合いを推し測る仕組みだ。CO2濃度測定自体には汎用のセンサーを用いており、アンドロイド搭載のスマホに接続するだけでLEDの色とイラストで分かりやすく表示する。このためいつでもどこでもCO2濃度のリアルタイムでのモニタリングが可能だ。ライブハウスなどイベント会場向けの据え置きタイプもある。ディスプレーのHDMIポートに接続すればCO2濃度が画面に表示される。CO2濃度は人体で感じることができないために密閉した施設で換気が遅れる恐れがある。しかし、CO2濃度がリアルタイムに表示されていれば、的確な換気が行える利点があり、感染リスクの低減につなげることができる。

アイデア駆使し小児弱視治療にも貢献

石垣准教授の研究活動で特徴的なことは、社会が直面する課題に、これまで築いてきた人脈などを生かし、思い切って切り込むことだ。その領域は情報理工学分野にとどまらず、医療や芸術などと幅広い。多摩美術大学で工業デザインやグラフィックデザインを学んだことも関係しているようだ。石垣准教授は「工学とデザインは相性が良く、この両方が出合えるポイントを探すなどの活動にも興味を持って臨んできた」と話す。

そうした観点から、研究成果の紹介から外せないものに、専用の治療機器開発を通じた小児弱視治療への取り組みがある。生まれつき片側の視力が弱い小児弱視は、全出生者数の2、3%の割合で発症する。しかし、早期に治療すれば治ることも知られている。その治療法は視力が弱い側の目に視覚刺激を与え続けることだが、根気がいる治療法のため長続きしないのが難点だ。そこで石垣特任准教授らが共同で開発したのが弱視訓練装置の「オクルパッド」だ。タブレット端末の液晶ディスプレー(LCD)に特殊加工がされており、これを専用の偏光メガネで見ると視力の弱い片側の目からしか見えないように工夫されている。これに子供が飽きないようにゲームを組み込んだ。ゲームを楽しみながら治療を行い、長続きするようにしたというわけだ。医療機器として内外の医療現場に着々と導入が進んでおり、小児弱視治療に革命をもたらしたとの高い評価がされている。このほかポケモンの使用ライセンスを取得し、同キャラクターを使った小児弱視の簡易診断機も作った。石垣准教授は「企業と協力して取り組んだアート表現の技術が医療に生かされた格好で、こうした分野にも引き続き力を注いていきたい」としている。

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