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研究者情報:研究・産学連携

研究室紹介OPAL-RING
長澤 研究室

健康に良い運動とはどのような運動か

所属 大学院情報理工学研究科
先進理工学専攻
メンバー 長澤 純一 准教授
所属学会 日本体力医学会、日本運動生理学会、日本衛生学会、日本体育学会
研究室HP http://sport.edu.uec.ac.jp/naga/index.html
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掲載情報は2015年8月現在

長澤 純一
Junichi NAGASAWA
キーワード

体力、身体運動、活性酸素、低酸素、酸化ストレス、トレイルランニング、富士山

人の健康を科学的に解き明かす「健康科学」という学問領域があります。長澤純一准教授はそこで、特に健康とスポーツとの関係について研究しています。「どのような運動が健康にとって最も効果的か」という観点から、これを明らかにするとともに、その理由をデータで裏付けようとしています。

適度な運動とは

運動は心臓を鍛え、血管を強くし、血液の循環を促進します。同時に新陳代謝や心肺機能を高めるとともに、病気になりにくい身体を作ります。このような運動の効果はよく知られていますが、一方で激しい運動は危険でもあり、「“適度な”運動が重要である」と言われることがあります。
では、適度な運動とは一体、どれくらいの程度を指すのでしょうか。もちろん、それは人によって異なります。しかし、長澤准教授は体育学の専門家として、「適度のレベルをもう少しクリアにしたい」と考えています。健康に効果的な運動の仕方とはどのようなものか、そしてその応用編として、登山は本当に健康に良いのか―といった、誰もが興味を持つようなテーマを追究しています。

運動と酸化ストレス

具体的には、「運動」と、「酸化ストレス」との関係を調べています。酸化ストレスとは、生体において通常は均衡が取れている「酸化反応」と「抗酸化反応」のバランスが崩れた状態を指します。酸化ストレスがかかった状態とは、酸化反応にその比率が大きく偏り、老化や病気の原因とされる「活性酸素」が悪さをしている状況です。一方、抗酸化反応とは、抗酸化力を持つ物質が活性酸素を解毒するなどの作用のことを指します。
身体に取り込まれた酸素は、通常の生活でも数%は活性酸素に変換されます。ただ、運動が激しくなると、酸素の摂取量が10倍以上に増大するため、活性酸素の量もそれに伴って増えます。活性酸素が過剰に生成され、体内の酸化ストレスが増大すると、動脈硬化や心筋梗塞、糖尿病、がんなど、さまざまな病気を発症すると考えられています。「活性酸素は悪者一辺倒ではない」というのが最近の研究の潮流であるそうですが、活性酸素が悪さをした結果、酸化ストレスが増大し、身体に害を与えることは周知の事実です。

変動する軽い運動が有効

長澤准教授は、運動の強度(激しさ)と酸化ストレスとの関係を調べる実験を行いました。自転車を使った運動で、(1)50ワット(空こぎ程度)の軽い負荷で30分間運動した場合と、(2)その3倍の150ワットの負荷でかなりハードな運動を30分間行った場合、また、(3)50ワットで90分の長時間運動した場合―の酸化ストレスの違いを調べました。
その結果、運動終了直後の酸化ストレス量(d-ROMs値)が、ほかよりも20%増と突出して高かったのが(2)のケースでした。また、同じ50ワットの負荷で、運動時間が短い場合(1)と長い場合(3)の比較では、酸化ストレスには違いが見られませんでした。このことから、「激しい運動時」に酸化ストレスが高まるのであって、緩やかな運動時は酸化ストレスが十分に防御できていることが、実験によって示されました。
加えて、かける負荷を一定にした場合と、変化を与えた場合の比較も行いました。その結果、血清のラジカル生成量(電子スピン共鳴)や酸化マーカーの変動から、摂取された酸素の総量が同等であっても、運動中の負荷を変動させた方が、酸化ストレスが抑えられることが分かりました。これらの実験から、長澤准教授は「健康のためには、軽めの運動(有酸素運動)を持続的に行い、その際に運動の負荷を変化させると良い」と結論づけています。

乳酸がカギ

長澤准教授はさらに進んで、「乳酸」の役割にも注目しています。乳酸はその昔、“疲労物質”と言われ、肩こりなどの原因になるとされていました。しかし現在では、生理的に重要な役目を担っていると考えられるようになってきたそうです。長澤准教授もさまざまな実験の結果から、「激しい運動時ほど乳酸がたくさん発生するのは、乳酸の抗酸化力によって活性酸素がトラップ(捕捉)され、身体を保護するという防御メカニズムが働いているためではないか」と推測しています。

登山は健康に良いか

これらの研究をベースに、最近では、中高年に人気の登山における健康状態の評価実験に乗り出しました。近年、登山は「健康登山」とも称され、その人口が急速に増えています。しかし、「登山は本当に健康に良いのか」、また「登山に向く身体の強さとはどのようなものなのか」という問いに対して、明確に説明できるデータはないのだそうです。
酸素が少ない環境では、活性酸素が増えるという先行研究があるそうです。さらに登山中は紫外線が1.5倍に増え、気温差も大きく、平地より活性酸素が生じやすい過酷な環境であると言えます。その上、山に登るという運動が加わるので、酸化ストレスがますます高くなってしまう可能性があるわけです。長澤准教授は日本の山で、こうした環境要因が酸化ストレスにどう影響するのかを調べるため、実際に富士山に登って現地でデータを収集しました。
ただ、この実験は天候に大きく左右されるだけでなく、設備もない山頂でデータを取るのですから、非常に大変な作業になります。採血するために医者も伴っていく必要があります。そのため、まだ大人数では評価できていませんが、高齢者や学生など幅広い世代で実験を行った結果、「富士山くらいの高度の登山ならば、酸化ストレスには大して影響しない」ことが分かりました。
「酸化ストレスで見る限り、日本での登山は問題ない。楽しいと感じるかどうかが大切だ」と長澤准教授はよく話しているそうです。若者も高齢者も、ひとまず安心して山登りが楽しめそうです。

富士山での実験の様子
研究・産学連携