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研究者情報:研究・産学連携

研究室紹介OPAL-RING
岡田 佳子 研究室

生物の視覚機能に学ぶ光センサーや光メモリーの研究

所属 大学院情報理工学研究科
基盤理工学専攻
メンバー 岡田 佳子 教授
所属学会 国際光工学会(SPIE)、応用物理学会、日本物理学会、レーザー学会、Materials Research Society (MRS)
研究室HP http://www.okada-lab.es.uec.ac.jp/
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掲載情報は2019年11月現在

岡田 佳子
Yoshiko OKADA-SHUDO
キーワード

光エレクトロニクス、バイオエレクトロニクス、ナノフォトニクス、非線形光学、ロボットビジョン、視覚、高度好塩菌、膜タンパク質、ロドプシン、ビタミンA、光センサー、画像フィルター

今から半世紀ほど前、地球最古の生物「古細菌」の一種である高度好塩菌から、人間の目の網膜にある視物質と同じような機能を持つ物質が見つかりました。高度好塩菌とは、塩湖や塩田など塩分濃度の高い環境を好んで生育する細菌です。例えば、カリフォルニアの塩田の水面は紫色をしていますが、この色の正体が高度好塩菌の細胞膜「紫膜」であることが分かったのです。
最近、米航空宇宙局(NASA)が、火星の表面に塩水が流れている証拠の一端をとらえました。もし、火星に生物がいるとすれば、この高度好塩菌ではないかといわれています。


高度好塩菌に着目

さて、高度好塩菌の紫膜を構成するタンパク質は、脊椎動物の網膜にある視物質「ロドプシン」と似たような働きをすることから、「バクテリオロドプシン」と名付けられました。しかし、高度好塩菌に視覚の機能は要りません。彼らはこのタンパク質を視覚としてではなく、光合成に使っているのです。

真水に入れた高度好塩菌(左)と、そこから単離し乾燥させた純粋な紫膜

岡田佳子准教授は、このバクテリオロドプシンの性質に着目し、人間がモノを見る仕組みを応用した視覚センサーなどを開発しています。バクテリオロドプシンは人間の網膜神経節細胞と同様に、光のオンオフ時にだけ電流を流すため、微分センサーとして機能するのです。

人の目をまねたセンサー

岡田准教授の専門は光工学(フォトニクス)ですが、当初所属していた理化学研究所のチームが、いち早くこの分野にバイオ材料を取り入れました。岡田准教授もこれを引き継ぎ、「バイオとナノフォトニクスの融合」を大きなテーマにしているそうです。
研究内容は光センサー、光メモリー、非線形分光イメージングの三つに大別されます。ここでは主力のセンサーを中心にご紹介しましょう。高度好塩菌は実験室で容易に培養できます。塩分濃度の高いその生育環境はいわば「漬物」の状態ですから、雑菌が入りにくいのです。大量に培養した高度好塩菌を真水に入れた後に、遠心分離法などでバクテリオロドプシンを取り出します。これを透明電極の上に塗布すれば成膜は完了です。成膜した透明電極と対極の間に電解質溶液を挟んだ簡易なセルと電流電圧変換回路を組み合わせ、1画素のセンサーを作製しました。
このセンサーは人間の網膜神経節細胞と同じ機能を持ち、画像の明暗(コントラスト)や輪郭(エッジ)を検出できます。これにより、物体の動く方向や速さを検知できます。素早い動きに強く反応するため、例えば、「車いすに搭載し、物体が急接近した場合などに自動で停止させるような使い方が可能」と岡田准教授はみています。

ロボットの目や電子回路基板の検査に応用

ほかにも、ロボットの視覚機能(ロボットビジョン)として、小型の自律走行ロボットであるマイクロマウスに搭載したり、センサー上を通過する指の動きを非接触で検知する「フィンガーモーションセンサー」を開発したりしています。これは、通過させる指を1本、2本、3本と変えた場合の違いを判別できることから、例えば、手術や料理の最中などに、手を直接触れずに端末を操作するような用途に適するかもしれません。

ロボットビジョンを搭載したマイクロマウス

これに加えて、網膜や第一視覚野の「視野」を模倣した受容野型のフィルターも開発しています。受容野は光刺激に応答するニューロン(神経細胞)の領域や視野のことで、画像工学分野でいう「フィルター」に相当します。つまり、画像にフィルターをかけることで、エッジや空間周波数などを検出できるのです。これは、例として電子回路基板の欠陥検査などに応用できるそうです。
一方、光メモリーは長年取り組んでおり、3次元画像を記録したホログラムに、偏光情報をリアルタイムに保存する記録素子を日本で初めて開発しました。これはセキュリティホログラム分野などに応用されています。今後はこうした古典的な手法を量子光学へ発展させ、「『量子生物学』という最先端分野に踏み込みたい」と岡田准教授は意欲を燃やしています。
非線形分光イメージングでは、バクテリオロドプシンの赤膜と紫膜の単一細胞レベルの発現量をナノスケール(ナノは10億分の1)で可視化することに成功しています。

自然に学び、生かす知恵

自然が数十億年をかけて創り出してきた生物は、厳しい生存競争をくぐり抜けた強者です。こうした生物の機能を模倣したバイオ光素子は、優れた性能を示すだけでなく、環境に優しいという利点を備えています。実用面でいえば、電源不要で、大面積に安く大量に作れることは大きなアピールポイントです。
地球最古の生物が、最先端のテクノロジーに生かされていることは驚くべき事実です。自然はやはり、最適な解を知っているのでしょう。

【取材・文=藤木信穂】


受容野型フィルターの入力画像と出力結果(上)、回路基板の欠陥検査の例
受容野型フィルターの入力画像と出力結果(上)、回路基板の欠陥検査の例
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