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国立大学法人 電気通信大学

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研究者情報:研究・産学連携

研究室紹介OPAL-RING
菅 研究室

自動運転車やIoT、ロボットを支援するMEMS光素子の開発

所属

大学院情報理工学研究科
機械知能システム学専攻

メンバー

菅 哲朗 教授

所属学会

日本機械学会、電気学会、応用物理学会

研究室HP

home 菅 研究室

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掲載情報は2023年4月現在

菅 哲朗 Tetsuo KAN
キーワード

MEMS、赤外線センサ、赤外線カメラ、赤外分光器、化学量センサ、アクチュエータ、表面プラズモン共鳴、メタマテリアル、自動運転応用、ロボット応用

半導体の微細加工技術で“ミクロな機械”を作り、そこに新たな機能を見いだす「微小電気機械システム(MEMS)」は、今やモノづくりに必須の技術になっています。切削加工やレーザ加工などとは違い、フォトリソグラフィ(パターン露光)をベースにした微細な加工が行えるのがMEMSの特徴です。
最近、MEMSは自動車用途に普及しており、例えば、車の衝突を検知する加速度センサなどに使われています。今後、本格的なIoT(モノのインターネット)時代が到来すれば、多様なMEMSセンサが身の回りに導入されていくでしょう。

MEMS技術でシリコンを加工

菅哲朗教授はこのMEMS技術を使って、光センサや光フィルタといった光素子の設計や開発に取り組んでいます。応用として目指しているのは、自動運転車の車載カメラやIoT、ロボットの“目”などへの適用です。シリコンを加工し、マイクロメートル(マイクロは100万分の1)やナノメートル(ナノは10億分の1)寸法の微細な機械構造を持つ光素子を開発しています。材料にシリコンを使えば、既存の半導体の製造工程を利用できるため、素子を安価に大量生産できるようになります。

ナノアンテナ構造の赤外光検出センサ

テーマの一つが、アンテナ構造を用いたシリコン製の赤外光検出センサの開発です。シリコンウエハをエッチング(表面加工)して直径約100ナノメートル、深さ約500ナノメートルの穴を周期的に形成し、各穴の内部の壁面を金属で蒸着した立体構造のナノアンテナを作製しました。
このアンテナに波長1500ナノメートル程度の近赤外光を当てると、金属の表面の電子が共鳴して振動する「局所プラズモン共鳴現象」が起こり、これによって光エネルギーがナノ構造に吸収され、その結果、近赤外光を電流として検出できる仕組みです。

これを応用し、遠・中赤外光を検出して非侵襲で血糖値やコレステロールなどの血中成分を計測できるデバイスを企業と共同で開発中です。また、タンパク質など有用な分子を検出するワンチップの化学量センサの研究も進めており、菅教授は「このような小型の半導体センサは、新型コロナウイルスなどの検知にも使えるかもしれない」と考えています。
市販の赤外光検出センサには化合物半導体が使われていますが、シリコンよりも高価で加工しにくいなどの課題があります。MEMS技術によるシリコン製センサは、化合物半導体に比べて感度はやや劣るものの、実用化できれば、安価で集積化が可能など優位性があります。
さらに、既存のシリコン可視光センサと組み合わせれば、可視光から赤外光までをカバーするハイブリッドセンサが実現できます。人間が見る可視光だけでなく、赤外光も同時に検出できれば、例えば自動車やロボットのカメラに搭載した際に、人間かモノかといった外界の障害物をより正確に見分けられるようになるでしょう。
この技術は小型分光器にも展開しています。5ミリメートル角程度の分光素子を回転させながら光を当て、その時の電流値から波長スペクトルを求めます。回折格子である素子の回転部をMEMSの片持ち梁構造にしています。こちらも共同研究により、シリコン製の安価な車載向けガスセンサとしての応用を目指しています。

特性可変のテラヘルツ偏光フィルタ

もう一つの柱が、MEMS加工による、テラヘルツ(テラは1兆)波長帯で機能するメタマテリアル偏光フィルタの開発です。メタマテリアルとは、光の波長と同程度の微細な周期構造によって光を人工的に操る物質のことです。可視光から遠赤外光まで対応する偏光フィルタは現在もありますが、さらに波長の長いテラヘルツ光に対応するフィルタはまだ開発途上です。
菅教授は光の波長よりも小さいらせん構造のアンテナを作り、空気圧をかけると機械的に変形する立体構造に作り込むことで、偏光状態を動的に変調できる偏光フィルタを開発しました。機械変形させると、立体のらせん構造のキラリティ(掌性)がきれいに切り替わり、円偏光と強く共鳴して高機能な可変偏光フィルタとして動作します。こうした可変可能で実用的なテラヘルツ偏光フィルタは初めてだそうです。
これを発展させ、近年はメタマテリアルを用いたIoTセンサなどの研究に取り組んでいます。例えば、農業用地向けのセンサとして、特定の周波数の電磁波を反射するアルミニウムを内包したマグネシウム製のキューブ状メタマテリアルを試作しました。
農地全体にセンサをばらまき、ドローンなどで電磁波を当てたときの反射率の変化を計測すれば、pH値や水分量など土壌の状態をリモートで測定できます。バッテリー不要のセンサであり、マグネシウムは水に溶ければ最終的に土に還るため、環境に優しいSDGsデバイスになります。そのほか、生分解性ポリマーでメタマテリアルを包み、腸内フローラによって分解されることで腸内の状態をワイヤレスで計測する生体内向けのセンサなども開発しています。

微細なシリコン光素子が未来を拓く

このように微細な機械構造を作った上で変形させたり、制御させたりといったことが可能なのがMEMSの利点です。偏光フィルタは、新しい光計測の手法として利用したり、レンズとして機能させたりすることも可能です。「可視光からテラヘルツ光まで自在に制御できるようになれば、偏光フィルタのさらなる応用が開ける」と菅教授は期待しています。
自動運転車やロボットなど自律的に動く機械が外界を正確に認識する上で、さまざまな波長帯の画像をセンサなどで計測することは欠かせません。しかし、現状ではその認識能力はまだ不十分です。MEMS技術によって微細に機械加工された新しいシリコン光素子は、そんな未来のモビリティの能力を高めることはもちろん、安価にすることで社会への普及を一層後押しするはずです。
2020年には、菅教授のグループが開発したシリコン製の赤外光検出センサが世界最高の感度を記録しました。こうしたプラズモニック構造を利用した菅教授のシリコンMEMSセンサの研究は、文部科学省の令和3年度「ナノテクノロジープラットフォーム事業」の最優秀課題にも選ばれており、国内外で高い評価を受けています。

【取材・文=藤木信穂】