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研究者情報:研究・産学連携

研究室紹介OPAL-RING
櫻井 研究室

――「知情意」を動かすVR技術の開発

所属 大学院情報理工学研究科
情報学専攻
メンバー 櫻井 翔 特任助教
所属学会 日本バーチャルリアリティ学会、日本ヒューマンインタフェース学会、米コンピュータ学会(ACM)
研究室HP http://sakuraisho.info
印刷用PDF

掲載情報は2017年3月現在

櫻井 翔 Sho Sakurai
キーワード

情動インタフェース、行動誘導、バーチャルリアリティ(VR)、ヒューマンコンピュータインタラクション(HCI)、認知心理学、身体性、感覚間相互作用、多感覚統合

パソコンでの作業中、画面に時計が表示されていたら、人はどう感じるでしょうか。また、その時計が通常より速く時を刻むものであったらどうでしょうか。認知心理学の観点から人工現実感(VR)を研究する櫻井翔特任助教は、最近こんな研究をしています。

時計を使って時間感覚を操作する実験

時計を速く進めると…?

通常の時計の2分の3倍速で進む時計、つまり、本来10秒のところを15秒としてカウントする時計をパソコンの画面中央に表示し、被験者に英語の文章を入力する作業を行わせました。その結果、普通の時計を表示した場合に比べて、文字の入力数が8%増え、作業効率が上がったのです。反対に、通常の3分の2倍速と遅く進む時計を表示した場合は、入力数が8%減りました。
以上の結果は、時計の進む速さが通常と違うことに気づいた被験者でも、気づかなかった被験者でも変わりませんでした。すなわち、時計を違和感のない程度に速く回すことによって、無意識下で人の作業を効率化させられることが分かったのです。また、入力ミスの数や主観的な「疲労度」がどの条件でもほぼ一定だったことから、入力数を基に比較すれば、時計を速く進めると、作業量だけでなく作業の質も向上することが分かりました。
これについて櫻井助教は、「その場に時計を置くだけで、意識していなくても、秒針のテンポに人の行動が影響されるのではないか」とみています。一方、秒針と同じ速さで点滅する図形などでは、こうした傾向はみられませんでした。これは恐らく、「時計」が示す時間に基づいて、我々が行動を無意識に変えるという経験則があるからでしょう。

IAからAHへ

 

このように、感覚の変化(視覚)が作業効率(能力)に影響を与えることが分かれば、「人間の経験則や思い込みなどをうまく利用することによって、人間をより賢くできるのではないか」と櫻井助教は考えています。つまり、VR技術を使って、人間の心や能力を制御できるシステムを開発しようというのが狙いです。
例えば、人工知能(AI)はゼロから知能を作り出すものであり、そこには自律性や正確性が求められます。一方、VRはもともと知的能力を広げる「知能増幅(IA)」の概念を踏襲した技術であり、対話性や即応性が特徴です。AIとは異なり、そこでは、人と機械の相互作用(ヒューマンコンピュータインタラクション)が必要なのです。
その先に、五感などの情報を提示して人間を賢くする「人間拡張(AH)」という概念があります。櫻井助教は、物質を越えた「メタフィジカル(形而上の)VR」によって知性や感情、意志(知情意)を中心とする認知をコントロールし、望ましい行動を誘導するインタフェース技術の実現を目指しています。

「手に汗を握る」を作り出す

 

時計の実験は「能力」を拡張するものでしたが、もう一つは「情動」を喚起する実験です。ゲームのプレー時に、プレーヤーの手に水蒸気を吹きかけて汗をかいたような状態を作り出し、同時に、手の温度を制御して、感情の変化を調べました。開発したゲームコントローラーシステムには、水を霧状に噴霧するための圧電素子のほか、温度制御が可能なペルチェ素子を載せています。
するとどうでしょうか。疑似的な汗と温度刺激により、プレーヤーは次第に「焦り」を覚え、ゲームの難易度が上がったと錯覚したのです。すなわち、「手に汗を握る」というような状況をVRで演出し、それによって生じた身体の変化(触覚)が、焦り(情動)や操作(行動)に影響を及ぼすことを示しました。こうしたことが可能なら、行動の“難易度”といったものを操作するインタフェースが実現できるかもしれません。
ほかにも、ディスプレイを通して見る相手の表情や性別の印象を変えることで、コミュニケーション時の情動に変化を起こし、互いが発揮する創造性のような能力を向上させることにも成功しています。また、食事の際に皿の大きさを変えて満腹感をコントロールしたり、VR空間上における分身(アバター)の性別を変えることで現実では得られない運動能力を獲得させたりといった研究なども手がけています。

感情を追体験する

櫻井助教はマンガ家でもあり、研究をマンガでも発信している

物理的な情報だけを扱う従来のVR技術では、人間が認知している世界は再現できません。情報がどのように知覚されるかは記憶や経験によって変わるため、同じ情報が与えられた場合でも、人によって感じ方はさまざまだからです。しかし、「人間の認知メカニズムに基づいて、VR技術によって感覚や身体の変化を作り出せば、心や行動を誘導することはできる」と櫻井助教は考えています。「楽しいから笑う」のではなく、「笑うから楽しい」と言われるように、情動は必ずしも偶発的に生じるものではないことは分かっています。つまり、「楽しいから笑う」のではなく、「笑うことで、楽しさを作り出す」ことが十分可能なのです。
VRで心を制御できるようになれば、例えば、精神疾患などの治療に役立てたり、認知を再現するシステムの開発などに寄与したりできるかもしれません。360度の動画が見られるVR空間に没入し、他人の「行動」を追体験するシステムは既にありますが、将来は、行動に加えて、昔の人などが「感じたこと」も追体験できる、“感情のタイムマシン”のようなものが登場するかもしれません。そのためには、技術開発と同時に、その倫理基盤の構築も重要なのです。

【取材・文=藤木信穂】

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