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生涯学習:地域交流・国際交流

創立100周年記念公開講座 -超スマート社会の実現を目指す最先端の科学・技術研究-(第3回)

光でDNAを調べる、操作する-超スマート社会における個別化医療に向けて-

田仲 真紀子 助教(基盤理工学専攻)

DNAは何をしているか

DNA(デオキシリボ核酸)は、チミン(T)、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)という4つの塩基で作られ、二重らせん構造をとっています。ここに、生命の遺伝情報を保管しています。
この塩基の配列をRNA(リボ核酸)に「転写」して、配列を「翻訳」することで、私たちに必要なタンパク質を作り出しています。この考え方を「セントラルドグマ」と呼んでいます。 ところが、DNAが損傷し、この塩基の配列が変わってしまうと、必要なタンパク質を作ることができなくなり、ガンや老化の原因になります。
しかし、生命にはDNAを修復する機能が備わっています。その仕組みを解明することで、病気の治療や老化を防ぐことができるようになるかもしれません。リンダール、モドリッチ、サンジャールの3博士が解明したのは、塩基除去修復(BER:base excision repair)をはじめとするDNAの修復機構で、2015年にノーベル化学賞を授賞しています。しかし、損傷を見逃してしまったり、修復しようとしても、上手く修復できない場合もあり、すべてのDNA損傷を修復できるわけではありません。

光とDNA損傷

私は、化学の視点からDNAにアプローチした研究を行っています。具体的には、DNA内を移動する電荷の研究、光によるDNA損傷と修復の研究、人工核酸を利用したDNAの光操作、特に最近では生体内を模した環境での電荷移動や光損傷の特性などについて研究しています。これらの研究を通して、生体機能の解明や核酸医薬への応用を進めていきたいと考えています。

さて、光とDNAにはどのような関係があるのでしょうか。DNAを水に溶かして、光の吸収スペクトルを観察します。すると、260ナノメートル付近の波長の光をDNAがよく吸収することが分かります。これは紫外線と呼ばれる波長です。紫外線がDNAに当たると、DNAが吸収した紫外線のエネルギーによって、DNAの配列の中の連続したチミンが二量体になるなど、DNAが損傷を受けることがわかっています。
また、DNAが直接吸収しない波長の光もDNAに損傷を与えることが知られています。「発色団」と呼ばれる光を吸収する物質がDNAのそばにあると、光を吸収することによってエネルギーの高い「励起状態」になることで、DNAの塩基の中でももっとも酸化されやすいグアニンから電子を奪うことがあります。電子を奪われたグアニン(酸化されたグアニン)は壊れてしまい、そこがDNA損傷になります。励起状態になった発色団が活性酸素をつくり、これがDNA損傷を引き起こすこともあります。

電荷移動とDNA損傷

発色団と離れたところにあるグアニンが損傷を受けることも分かってきました。発色団が近くのDNA中の塩基から電子を奪うと、DNAにホール(正孔)が生まれます。これがDNAの内部を移動して(電荷移動)、離れた場所にあるグアニンが損傷を受けるのです。DNAが光を吸収した場合、どのくらい遠くのグアニンが損傷を受けるのか、さまざまな発色団を化学合成で結合させたDNAが開発されることで、これまでに多くのDNA内の電荷移動の研究が行われてきました。
DNAが酸化されて生成するホールだけでなく、還元されることでDNAに注入された電子もDNA内を移動することが知られていて、近年、注目を集めています。このような過剰電子移動の研究には、DNAに電子を注入するための光還元剤を使用するのですが、その開発が難しいという課題がありました。
私が開発した光還元剤はナフタレンを用いたものです。ナフタレンの吸収波長はDNAと重なっているため、そのままではDNAに損傷を与えずに光を照射することが困難です。そのため、炭素—炭素間の三重結合をもつリンカーでナフタレンとDNAをつなぐことで、ナフタレンがDNAよりも長波長の光を吸収できるように性質を変え、DNAには光の影響を与えずに、光還元剤部分だけに光のエネルギーを与えることができるようにしました。このように機能を持つ分子をDNAに工夫して繋げることによって、DNAに注入された電子の振る舞いを観察することができるようになり、これまでの実験では、二重らせんの相手となるDNAの鎖との間よりも、同じDNAの鎖の中の方が電子が動きやすく、ホール移動と同じくらい過剰電子もDNA中を移動しやすいことを明らかにしています。

狙った塩基配列を検出する

DNAの研究では、狙った塩基配列を正確に見つけ出すことも重要です。これには、人工ペプチド核酸(PNA)を利用します。DNAの骨格となる鎖の部分はマイナスの電荷を持ちますが、PNAの骨格となる鎖は電荷を持ちません。そしてPNAはDNAと同じように、相手の塩基と水素結合で対になることのできる塩基を持っています。このため、強くDNAと結合することができます。また、酵素によって分解されないという特徴もあります。

このPNAの先端に、DNAの塩基間に入り込んだときだけ強く発光する分子であるチアゾールオレンジを修飾すると、PNAがその塩基配列と対になる配列をもつDNAと結合したときだけ発光する目印になります。
このPNAは非常に高い選択性を示し、100塩基のDNA中で、1塩基が異なっている場合でも、その違いを感度よく検出することができます。
チアゾールオレンジは光を照射すると活性酸素を発生する性質もあるため、この選択性を利用することで、DNAの狙った配列にのみ活性酸素による損傷を与えることができるようになります。実験では、4733塩基対のDNA中の特定の狙った位置に光損傷を与えることができました。冒頭でご紹介させて頂いた「DNAの修復機構」にも関わりますが、生体内では酵素によりDNAの損傷を受けた箇所を修復する、という機能が働きます。PNAの配列は自由に決められるので、改変したいDNA配列を狙って損傷を与えるという手法で、任意の配列を修復することも可能になります。
このように人工核酸であるPNAと光によって機能する分子を組み合わせることで、個人のDNA配列に対しても特定の配列にのみ機能する光ツールを自由にデザインできる可能性があります。

生体内を模擬する

実は、実験室で行うDNAの状態と、生体内のDNAの状態はかなり異なります。実験は希薄な溶液中で行いますが、実際のDNAが存在する細胞内はさまざまな分子が高い濃度で共存しています。これまでの実験結果が、本当に生体内の細胞でも同じように起こるのかどうかを検証することが、今後の課題です。

そのため、生体内を模擬した分子混雑状態での実験も進めています。DNA損傷の原因になる電子やホールの移動は、希薄溶液中と分子混雑状態では、違った振る舞いをすることが考えられます。電子やホールの移動は、酵素の働きやDNA修復にも大きな関係があると考えられ、今後の研究成果が期待されます。生体内環境での電子やホールの振る舞い、それに付随するDNA損傷の特性が明らかになれば、先ほどの話であったような、任意の機能分子を修飾したPNAを利用して、個人に特有の配列に対して生体内の環境に応じて自在に働きかけるような人工のDNA制御ツールを作成することもできるようになります。このように、生体内の環境でDNAの損傷や修復がどのように行われているかを明らかにしていくことで、次世代の病気の診断や治療に有効な個別化医療の実現に取り組んでいきます。

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