研究室紹介OPAL-RING
沈 研究室
光機能発現効率の向上を目指した半導体ナノ材料の創製と評価、
低コスト・高効率な次世代太陽電池への応用
所属 | 大学院情報理工学研究科 先進理工学専攻 |
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メンバー | 沈 青 准教授 |
所属学会 | 応用物理学会、日本化学会、電気化学会、光化学協会、日本熱物性学会、日本分光学会、日本分析化学会、ナノ学会 |
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掲載情報は2015年8月現在
- 沈 青 SHEN Qing
- キーワード
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光エネルギー変換、高速過渡応答評価、太陽電池、半導体ナノ結晶、量子ドット、半導体ナノ構造、光励起キャリアダイナミクス、光電変換効率、金属ナノ粒子、光触媒
研究概要
次世代高効率増感型太陽電池の創製・評価
震災に伴う原子力発電所の事故、化石燃料の枯渇、温室効果ガスによる地球温暖化等の問題により、次世代エネルギー資源に関して非常に高い期待が持たれるようになった。クリーンで無尽蔵に利用できる太陽光を使った太陽電池は、最も注目されている次世代のエネルギー資源の1つだ。しかし、既存のシリコン系太陽電池は製造のプロセスが複雑であるため、発電コストが高く、コストあたりの変換効率はさほど高いとは言えない。
当研究室では、低コスト・高効率が期待される次世代太陽電池の1つの候補である半導体量子ドット増感型太陽電池に対する基礎的な研究と評価を行っている。
半導体量子ドット増感型太陽電池の構造と発電方式
半導体量子ドット増感型太陽電池とは、光を吸収する材料である増感剤に、従来の色素に代えてnm(ナノメートル)サイズの半導体粒子を使ったものだ。太陽光が当たる側の光電極には、半導体量子ドットを化学的に吸着させたナノ構造二酸化チタン電極を用い、対極との間に電解液を挟んだ構造となっている。
発電方式は、光を受けると量子ドット内で励起された電子が、二酸化チタンに移動し、二酸化チタンの層を通して外部に運ばれ、電流として取り出される。その後、電子は負荷を介して対極へ行き、再び電解液へ戻り、量子ドットに戻ってくる。このようなサイクルを繰り返して発電する。
半導体量子ドットのメリット
- 図1 CdSe量子ドット吸着した二酸化チタン逆オパール電極
半導体量子ドットを太陽電池の応用に用いる利点はいくつか挙げられる。光吸収係数が大きく電荷分離が速いことに加えて、量子ドットのサイズによって光吸収スペクトルが変わるという特性を持つ。例えば、CdSe(セレン化カドミウム)の場合、サイズ3nmの時は黄色い光の波長を吸収するが、だんだん大きくなるにつれて、オレンジ、赤、黒っぽい赤と吸収する光の波長が変化する。この特性を活かせば、太陽光の紫外線から赤外線までの光を利用できるということだ。さらに、半導体量子ドットは多重励起子生成が可能だということだ。バルク半導体材料を用いた既存の半導体太陽電池では、1つの光子で1つの電子─ホールペア(励起子)しか生成できない。一方で半導体量子ドットの場合、バンドギャップ(禁制帯)の2~3倍以上のエネルギーを持つ1つの光子(フォトン)を吸収することで多数の励起子を生成できる。この現象を多重励起子生成という。これにより、半導体量子ドットを利用する太陽電池は、光電流を著しく向上でき、理論上では単接合型で44%もの効率が出ると予見されている。
さらに、半導体量子ドットを作製する方法は、簡便な化学的手法を利用できることから、製作コストも100分の1まで低減できる。既存のシリコン型太陽電池の作製では真空等の特別な環境が必要となるなど製作コストがかかるのに比べ、これは大きな利点と言いえる。
アドバンテージ
半導体量子ドット増感型太陽電池の創製の実験
当研究室では、半導体量子ドット増感型太陽電池の創製のためにさまざまな実験を行っている。具体的な例として、まず、前記の光電極の酸化チタン層の表面形態に着目している。従来のナノ粒子構造に加えて、ナノチューブや3次元の規則性に基づいた蜂の巣のような逆オパール構造を持つ光電極に対して研究を行っている。この逆オパール構造電極を半導体量子ドット増感型太陽電池に応用することで、二酸化チタンの規則的な構造に沿った量子ドットの均一な吸着や、スムーズな電子移動などから、太陽電池の変換効率を向上させることにつながった。
本研究室では、半導体量子ドットには、CdSe(セレン化カドミウム)、CdS(硫化カドミウム)、PbS(硫化鉛)といった数種類の半導体材料を用いている。近年の研究では、CdSとCdSeを複合化した量子ドットを吸着させることで、1種類の量子ドットを利用する場合に比べてエネルギー変換効率を向上させることに成功した。このように、当研究室ではさまざまなナノ材料を作りながら各種(光吸収、光励起キャリアダイナミクス、光電変換など)特性評価を行っている。光電極基板から、量子ドット、そして太陽電池セルまで、全てを研究室内で作製・評価できることが、大きなアドバンテージだ。
各種特性評価
- 図2 レーザー分光装置
具体的には、光音響分光法による光吸収スペクトルの評価や、太陽電池における光電流の効率を表す光電流変換量子効率評価、各ナノ界面(例えば、量子ドットと電解液界面)の交流抵抗成分を同時に評価できる交流インピーダンスの測定、さらには、フェムト秒から秒までの広い時間領域のレーザー分光法(過渡回折格子法と過渡吸収法)を使った光励起キャリア(電子・ホール)のダイナミクスの評価など、半導体量子ドット増感型太陽電池の基礎研究に必要な評価・分析を網羅的に行っている。
最新の測定装置、ノウハウ、フィードバック
これを実現できるのは、最新鋭の測定装置と積み重ねてきたノウハウが活きているからだ。例えば、量子ドットから二酸化チタンへの電子の注入は非常に速く、フェムト秒からピコ秒の時間領域で起こるが、ナノ構造の二酸化チタン中の電子移動する時間はミリ秒領域、電解液の中の拡散に至っては100ミリ秒領域で行われる。このように界面ごとに電子の移動時間が異なることから、当研究室では可変波長のフェムト秒レーザーとナノ秒レーザーを用意し、用途に応じてすべてのプロセスを評価できる。これにより時間分解能と波長分解能の両方が解析でき、どの界面が変換効率を抑制する原因となっているかを的確に見つけ出すことを狙っている。
また、太陽光を模倣するソーラーシミュレータを用いて、変換効率及びそれを決定する各種パラメータ(開放電圧や短絡電流および曲線因子)も評価する。このようにして、総合的な評価を行い、太陽電池のメカニズムの解明や試料の作製にフィードバックしている。
太陽電池研究における最大の課題は、エネルギー変換効率を上げることだ。そのためには、実際の光励起電子の振る舞いや変換効率向上のメカニズムを解明することが大変重要になる。つまり、正確に評価し、分析を行い、それをフィードバックすることが、より高い変換効率の太陽電池を作製することにつながると我々は考え、日々研鑽を積んでいる。
今後の展開
多重励起子生成を伴った太陽電池の原理解明、低コスト・高効率な太陽電池の実用化
多重励起子生成を伴った太陽電池は、まだ発展段階にある。多重励起子生成の現象については証明できているが、太陽電池の変換効率を上げて実用化するところまでにはまだ至っていない。そこで、現在行っている方法では電極基板の上でどのような条件で電子が取り出せるかということを明確にし、多重励起子生成を伴った太陽電池の原理を解明したいと考えている。これを解明できれば、低コスト・高効率な太陽電池の実現に大きく近づく。
半導体量子ドットと金属ナノ粒子の併用手法
- 図3 太陽電池の光電変換特性の測定
この他にも、ここで使っている手法を活かした光触媒の研究や、金属ナノ粒子の表面プラズマ効果も太陽電池に応用できるので、半導体量子ドットと金属ナノ粒子とを併用する手法も思案中である。