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研究者情報:研究・産学連携

研究室紹介OPAL-RING
梶本 裕之 研究室

コミュニケーションに“リアル”を与える触覚VRシステムの開発

所属 大学院情報理工学研究科 情報学専攻
メンバー 梶本 裕之 教授
所属学会 日本バーチャルリアリティ学会、計測自動制御学会、ヒューマンインタフェース学会、日本ロボット学会、米電気電子学会(IEEE)、米計算機学会(ACM)
メールアドレス kajimoto@uec.ac.jp
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掲載情報は2024年5月現在

梶本 裕之
KAJIMOTO Hiroyuki
キーワード

ヒューマンインタフェース、バーチャルリアリティ、触覚ディスプレイ

新型コロナウイルス感染症のまん延によりコミュニケーションのあり方は大きく変わり、遠隔でのやりとりはオンラインミーティングが主流になりました。しかし、そこではカメラやマイクによって映像を見たり音を聴いたりすることはできても、人やモノに「触れる」ことはできません。
触覚を研究する梶本裕之教授は、視覚、聴覚に加えて、今後は触覚がコミュニケーションの鍵を握ると考えています。バーチャル空間上のリアリティを高めるだけでなく、現実の空間同士をつなぐ場面でも触覚提示が求められているからです。
米メタ・プラットフォームズ(旧フェイスブック)などが提案する「メタバース」を例に出すまでもなく、オンライン上のソーシャル体験は3次元に拡張され、現実世界に投影されつつあります。このようなテクノロジーの潮流の中で、梶本教授は触覚を用いたバーチャルリアリティ(VR)システムを開発しています。
人はどのように触覚を知覚するのか。また、錯覚はなぜ生じるのか。こうしたサイエンス的な疑問の解明から、触覚の最適な提示法を追究するエンジニアリングまで、幅広い触覚研究に取り組んでいるのが梶本教授の研究の特徴です。

人の触覚を解明する

サイエンスの領域では、我々が触覚を通じて世界をどのようにとらえているかを知るために、物理現象や心理現象を観察しています。例えば、モノを触ったときの皮膚の変形度合いの観察です。触ることでモノが隠れてしまうため、これまで皮膚を直接観察することは困難でしたが、梶本教授らは、油の中に油と屈折率の同じ凹凸のある透明な板を沈めることで板の表面と指との界面を透明にし、指で凹凸を触った時の皮膚の変形量を世界で初めて観察することに成功しました。

「下敷き感」の観察と再現

また、触覚的錯覚の例として、両手の指の腹同士を合わせたときに、その間に下敷きのような平らな板があるように感じる現象についても解明しました。指の腹は半球状ですが、左右の指を合わせた場合、指の変形は左右対称に起こるため、指と指の界面は常に平らになります。つまり、平らな板にぶつかっているような感覚になり、その結果、両指の間に“下敷き感”を覚えるのです。実際に同じ人の指、異なる人同士の指、人工指と人の指など多様なパターンで指の硬さや衝突時の速度を変えて実験したところ、互いに同じ速度でぶつかった時に最も平らに感じることが分かりました。

このほか、「ぷにぷに」「むにむに」など柔らかさを表すオノマトペと、対象物の弾性や粘性などの物性を計測し、その関係を明らかにする研究なども行っています。梶本教授は「錯覚現象は我々の日常にちりばめられており、VR空間上に『触ったような感覚』を作り出す触覚提示のヒントになる」と考えているのです。

共同研究が商品化に結実

長年取り組んでいるのが、「ハンガー反射」の研究です。これは頭にハンガーをかけると、錯覚現象によって頭が自分の意志とは関係なく自然に回ってしまう現象です。この原理を応用し、病院との共同研究によって、首が自然に傾いてしまう痙性斜頸の患者向けの医療機器である頭部回転けん引器具「ラクビ」を商品化しました。この器具を頭に装着すると、患者がまっすぐ前を向けるようになるそうです。シンプルで操作が簡単なうえ、軽量のため患者への負担が少ないのも大きなメリットです。

「ハンガー反射」の実験と製品

さらに研究を進めた結果、頬に貼り付けた輪ゴムを引っ張って耳にかけるといった簡単な仕組みでも、類似の効果が得られることが分かりました。これなら、マスクで隠すことも可能でしょう。

電気刺激による触覚提示に力覚提示を融合

基盤技術となる電気触覚ディスプレイ

一方、エンジニアリングの領域では、数十または数百点の電極を配置した電気触覚ディスプレイの各点に約300ボルトの高電圧をかけることによって、皮膚の神経を駆動する「電気刺激」を基盤技術にしています。異なる神経を刺激することで、振動感覚や押された感覚、さらには冷たい、温かいといった温度を提示することも可能です。この技術をもとに、スマートフォンの表面に透明電極を配置して操作時に触覚を提示したり、手のひらに電気刺激を与えた上でスマホのカメラと連動させ、目の前にあるモノを手のひらに感じさせたりする視覚障害者向けのシステムを試作しました。

振動刺激による運動錯覚

さらに、こうした電気刺激による触覚提示に力覚を提示する装置(ロボットアーム)を組み合わせることで、モノに触った感覚をよりリアルに与える研究にも取り組んでいます。VR空間でモノを触ろうとした時に何かにぶつかったような感覚を、ロボットアームによる抵抗感と、皮膚感覚の融合によってよりリアルに再現できると梶本教授はみています。また、実際に動かしていない腕に動いたような錯覚を与える「運動錯覚」や、顔の皮膚を空気圧で吸引し、モノを触った時の触感を表現する研究なども行っています。

化学物質でかゆみを抑える

ほかにも、駆動原理を見直すことで、効率良く振動する小型振動子や空中に力覚を提示する装置、ニクロム線に電流を流すと熱くなって伸びる性質を利用した熱駆動による小型かつ高速の触覚提示システムなども考案しています。
新たなテーマである化学物質を用いた研究では、冷たく感じるメントール(清涼感成分)と、熱く感じるカプサイシン(トウガラシの主成分)を隣り合わせに塗ったテープを皮膚に塗ると、軽い痛みを感じさせられることを確認しました。かゆみを抑える応用につながる可能性があります。反対に、「かゆみ止め薬」として市販されている麻酔薬を皮膚に塗ることで、皮膚に電気刺激を与えたときのチリチリする痛みを抑えることも可能だそうです。
このように、梶本教授は多くの触覚提示システムを開発していますが、触覚は未解明な領域もまだ多いといいます。「身近な錯覚現象を突き詰めることで、新たな触覚提示法の開拓につながる」と考えており、そのためにサイエンスとエンジニアリングの両面で研究に取り組んでいます。応用に向けては「業界を問わずに、是非困りごとやご提案などをいただきたい」と梶本教授は話しており、企業からの積極的なアプローチを求めています。

【取材・文=藤木信穂】