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研究者情報:研究・産学連携

研究室紹介OPAL-RING
岸本 研究室

レーザー冷却による、絶対零度の原子集団の新しい生成法の提案

所属 情報理工学研究科 先進理工学専攻
メンバー 岸本 哲夫 准教授
所属学会 物理学会
研究室HP http://klab.pc.uec.ac.jp/index.html
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掲載情報は2015年8月現在

岸本 哲夫
Tetsuo KISHIMOTO
キーワード

量子気体、ボース・アインシュタイン凝縮、量子エレクトロニクス、レーザー冷却、原子レーザー

ここ十数年で最も進歩した物理学の研究領域は、どのような分野であるか想像がつくでしょうか。もちろん、そこにはさまざまな観点があるでしょうが、レーザーを使って「気体状態の原子(気体原子)」を冷却したり、捕獲したりする「レーザー冷却」分野はその一つと言えるでしょう。ノーベル賞を科学の発展の一つの指標と考えれば、この分野の近年の受賞数はかなりの数にのぼるのです。

日進月歩のレーザー冷却

BECの生成手順と連続生成のためのアイディア

「レーザーの発明」による1964年の受賞を皮切りに、97年に「レーザー光による原子の冷却と捕捉」、01年に「気体原子のボース=アインシュタイン凝縮(BEC)の実現」、05年に「レーザーを用いた精密分光学、光コム技術」、12年に「レーザー冷却された単一イオンの量子操作」の成果が、それぞれノーベル賞を受けています。
岸本哲夫准教授はこうした日進月歩の分野に身を置き、新しいアイディアを提案し続けています。01年のノーベル賞の発表時、ちょうど、受賞者である米コロラド大学のエリック・コーネル教授のもとで研究していたそうですから、その時の興奮は容易に想像がつきます。「新しい成果がどんどん出ている最先端の領域で、日々刺激を受けている」そうです。
モノづくりの道具としてのレーザーは、鋭い光線でモノを溶かしたり、切断したり、加工したりといった利用が主流です。一方で、気体原子がある速度で飛んでいる時に、それに対向するようにレーザーを当てると、レーザーの指向性と、原子が光を吸収・放出する性質によって、気体原子の速度がだんだんと落ちていきます。その際に、周波数や磁場をうまくコントロールすることによって、気体原子を数百μK(マイクロは100万分の1、Kは絶対温度、0Kはマイナス273度C)レベルの極低温まで、わずか数ミリ秒で冷却することができるのです。これが、「モノを冷やす」ためのレーザーを使った冷却技術です。

左図の中心に見えるのが温度にして0.0003ケルビンの冷却原子集団

ボース・アインシュタイン凝縮

高い精度で安定化された種々のレーザー光を用いて、これらの原子をさらに冷やしてボース・アインシュタイン凝縮と呼ばれる絶対零度の世界を連続的に作り出す研究
学生らと作業中の様子

レーザー冷却技術を使ったこれまでの最大の成果が、コーネル教授らが95年に見いだした気体原子におけるBECの実現です。BECは「ボース粒子」と呼ばれる多数の量子力学的な粒子の希薄な気体が、0K近くまで冷やされた時に生じる凝縮現象です。
BECは理論上では昔から知られており、その名が示すように、物理学者のボースが同僚のアインシュタインにそのアイディアを提案し、アインシュタインが一般化して発展させたと言われています。
量子力学の世界では、原子は「粒子」と「波」の二つの性質を持ちますが、原子を気体状態のまま冷却すると、「波」の性質がよりはっきりと現れます。原子を1μK以下の極限まで冷却すると、量子力学的な効果が顕著になり、さらに原子の「波」同士が重なり合う程度まで高密度になると、BEC状態が出現します。「量子現象が、現実の世界で“巨視的”に現れるという点で、BECは大変興味深い現象」(岸本准教授)なのです。BECを観測することが、そのまま量子力学の理論の正しさの検証につながるわけです。
BECを生成する方法はいくつかありますが、現状では、凝縮体を連続的に作る方法は確立されていません。これまでに非常に多岐にわたって量子気体の物理に関する画期的な実験がなされているものの、どの実験もそのたびに凝縮体を数十秒ほどで作り、現象を観測しては壊す、といった地道な作業を繰り返さねばなりませんでした。

連続的生成に向けて

こうしたことを背景に、岸本准教授は、凝縮体を連続的に生成するための新たな研究に近年、乗り出しました。一般的なアルカリ原子であるルビジウム原子を気化させ、そこに今までの手法で用いられてきた近赤外のレーザー以外に、新たに実用的な波長帯の光線である青色のレーザーを当て、さらに特別な波長を利用する「魔法波長」の概念を導入した、全く新しいコンセプトを提案しています。既に数十μKまで冷やせることを確かめており、鍵となる「位相空間密度」は現在の手法にはまだわずかに届きませんが、それでも10のマイナス6乗程度まで下げられています。
連続的に凝縮体を供給できれば、究極的には、「蛇口をひねれば、モノを冷やしたい時にすぐに凝縮体が出てくる」といったような状況が作れるそうです。実証に向けて半分程度まで準備が整ってきたといい、最終的に「シンプルでエレガントな手法を確立したい」と岸本准教授は考えています。「現行のレベルまでまだ到達していなくても、簡易で効率的な方法が確立すれば、将来、一気に普及することもある」と期待しています。

光格子時計や量子計算機へ

最近、時計の精度を宇宙年齢である“138億年に1秒”の誤差以下まで抑えた「光格子時計」が注目されています。原子レーザーを使えば、より短い時間でこの精度を達成できる可能性があるそうです。
これらの極低温の量子気体の集団は、近年では、超高速計算機である「量子コンピュータ」の研究にも利用されています。また、超伝導や超流動といった振る舞いもBECが関わっていると考えられているほか、ブラックホールや超新星などの宇宙の現象との類似性も指摘されており、今後、新たな物理現象の発見や解明につながることが期待されます。
【取材・文=藤木信穂】