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国立大学法人 電気通信大学

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研究者情報:研究・産学連携

研究室紹介OPAL-RING
橋本 研究室

一般家庭の室内空間を使って人間を映像空間に没入させるバーチャルリアリティ環境の構築

所属 大学院情報理工学研究科
情報学専攻
メンバー 橋本 直己 教授
所属学会 日本バーチャルリアリティ学会、電子情報通信学会、映像情報メディア学会、情報処理学会
研究室HP http://www.ims.cs.uec.ac.jp/
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掲載情報は2021年5月現在

橋本 直己 Naoki HASHIMOTO

釣りをしながらでも、国際会議に参加できます。河原の岩肌にスクリーンを映し出せば、パソコンがなくてもスクリーンのタッチ操作で簡単に作業が可能です。もちろん、投影されているのはきちんとしたスーツ姿です―。
これは、約10年前に総務省が掲げたICT(情報通信技術)戦略の中で想定されていた2020年のビジネスシーンです。くしくもその年、新型コロナウイルスの感染拡大によってテレワークが一気に進み、こうした光景は珍しいものではなくなりました。

モノを自在に書き換える

映像で人の存在を消す「透明人間」も可能

冒頭のシーンでは、登場人物の胸のポケットに、センサーが内蔵された小型のプロジェクタが隠れているのがそのカラクリです。
プロジェクタとは、画像や映像をスクリーンなどに投影して表示するディスプレイ装置です。プロジェクタの小型化が進み、現在ではビデオカメラやスマートフォンなどにも取り付けられるようになりました。
橋本直己教授は、このように年々革新が進むプロジェクタを使った応用工学を推進しています。プロジェクタは基本的にどこにでも映像を投影できます。そのため、あらゆる対象がディスプレイになり、「現実に存在するモノに異なる映像を映すことで、モノの見た目を自在に変えられる」という特徴を持っています。近年では、建物や物体、空間などに映像を投影するプロジェクションマッピングが普及しています。
橋本教授は特に、映像の持つ「臨場感」や「没入感」に着目しています。映像が人に与える影響は想像以上に大きく、ともすれば、「リアルを超えた存在にもなり得る」と考えています。従来は、コンピュータや、特別な機械を装着したそのディスプレイの中だけで体験していた映像の世界を、「日常の空間で、全身で体感できるようにしたい」というのが橋本教授の目標です。

現実と仮想をつなぐ

いわゆる仮想現実感(バーチャルリアリティ、VR)や、拡張現実感(AR)と呼ばれる技術領域に属していますが、現実(リアリティ)の体験と仮想(バーチャル)の体験とをつなぐことで、日常空間そのものを"没入型VR空間"に変貌させたいと橋本教授は考えています。それによって、「新しいリアリティ」を作り上げられると見通しているのです。

没入型仮想環境の構築

没入型仮想環境構築技術

例えば、特殊な白黒のパターン画像を部屋に投影してそれをカメラで読み取ることで、部屋の形を3次元的に計測できます。橋本教授はその形に合わせて、6台のプロジェクタを連結させて一つの映像になるように部屋全体に投影し、人が入り込める「没入型の仮想環境」を構築しました。
ただ、あらゆる場所に映像を投影できるといっても、現在のプロジェクタにはまだ多くの課題があります。室内をディスプレイにしてそこに鮮明な映像を映し出すには、投影する場所にある物体の色を打ち消すような処理をする必要があります。また、歪みを補正せずそのまま投影すれば、映像の形は崩れてしまいます。

揺れるカーテン上での輝度補正前(左)と補正後(右)

どこでもディスプレイ技術

橋本教授はこれらの課題を解決するため、背景に合わせて投影する映像の輝度を補正したり、特殊なパターン映像を投影して位置合わせの精度を上げたりする技術を開発しました。こうした技術を家庭で使えるようになれば、その日の気分で部屋のテーブルやソファの色を変えたり、壁の模様を自在に変えたりすることができるでしょう。橋本教授はこれを「どこでもディスプレイ技術」と呼んでいます。

動く物体にリアルタイム投影

さらに、動く物体にリアルタイムに映像を映し出す技術も開発しました。物体や人の位置、姿勢を高速で認識した上で、そこに映像を投影する動的(ダイナミック)プロジェクションマッピングです。マネキンやティーポットなどを手で動かしながら、そこに遅れずにバーチャルな表情を映し出したり、模様を瞬時に変えたりする実験に成功しています。

動く物体にさまざまな映像をリアルタイムに映し出す

動的プロジェクションマッピング技術

最近では、プロジェクタを使った次世代の視覚情報提示技術として、空中に立体像を投影する技術も開発しています。下にダミーとなる物体を置き、そこに投影した光を上側に映し出す方式で空中像を提示します。プロジェクタは下にあるため像の周囲には装置を置く必要がなく、また手で触るような動作をしても影ができないため、実物体と混在させても違和感がないのがポイントです。

うさぎの空中像とシステムの構成1
うさぎの空中像とシステムの構成2

エンタメや教育分野への応用に期待

これらの技術の応用としては、例えばパーティー会場に入ると、フォーマルな服の映像が瞬時に映し出される「着せ替えシミュレーター」などが可能かもしれません。好きなキャラクターに扮(ふん)するコスプレも容易です。エンターテインメント分野だけでなく、車を走らせながら渋滞情報を空間に投影したり、ロボットをより人らしく変身させたりすることもできそうです。
オンライン化が進む教育分野なども期待できるでしょう。オンライン学習やオンライン会議で、必要に応じてディスプレイを作って映し出したり、人の存在感をより高めて投影したりといったことが可能になれば、用途がより広がると考えられます。
このように、無限の可能性を秘めたプロジェクタを企業はどう使いこなし、社会に活用していくのでしょうか。産業界の柔軟な発想力が試されています。

映像でジャケットを着せる様子

【取材・文=藤木信穂】