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研究者情報:研究・産学連携

研究室紹介OPAL-RING
佐藤(俊) 研究室

脳はどのように見ているのか――ヒトの視覚メカニズムの研究

所属 大学院情報システム学研究科
情報メディアシステム学専攻
メンバー 佐藤 俊治 准教授
所属学会 日本神経回路学会、電気通信情報学会、米電気電子学会(IEEE)、日本視覚学会
研究室HP http://www.hi.is.uec.ac.jp/www/
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掲載情報は2017年3月現在

佐藤 俊治 Shunji SATOH
キーワード

視覚、脳、情報処理、人間情報学、シミュレーション、脳の入力と出力、数値化、数式化、並列分散処理システム、画像処理、心理物理実験

現在、世界中で人工知能(AI)の研究が盛んに進められていますが、AIとはあくまでも“ヒトが作った知能”であり、ヒトの知能とは根本的に異なります。では、ヒトの本来の「知能」や「知覚」とはどのようなものなのでしょうか。
ヒトの知能を工学的に知るためには、まずは「ヒトの感覚や知覚の解明が重要になる」と、佐藤俊治准教授は考えています。ヒトの脳はいわば、「高性能な情報処理マシン」であり、佐藤准教授は、特に「視覚」の観点から、この脳の情報処理のメカニズムを明らかにしようとしています。

脳がダマされる錯視

物体の動きや文字の認識だけでなく、色を見分けられたり、立体構造を知覚できたりするヒトの視覚は、画像処理のシステムとしてとらえることができます。そこでとりわけ佐藤准教授が注目しているのは、視覚における錯覚(錯視)の仕組みです。錯視はしばしばトリックアートなどに利用されているため、「脳がダマされる」という感覚は、誰しも一度は経験したことがあるでしょう。
 佐藤准教授らは最近、錯視に関する新しい作品を発表し、日本認知心理学会が実施する「錯視・錯聴コンテスト」で入賞しました。『回転中心軸動揺錯視』と名付けたこの動画作品は、冒頭では、扇子の骨のような放射状のパタンの中央で、枠のついた正方形が回転しています。しかし、この枠を外すと、正方形の回転の中心軸があたかもブレているように見えるから不思議です(動画は電気通信大学のウェブサイトで紹介されています)。

入賞した錯視作品『回転中心軸動揺錯視

錯視図形を提案

複数の被験者に、この図形を見せて中心軸がどこにあるのかを答えさせ、正しい中心軸の位置との誤差(錯視量)を計測した上で、これを基にして効果的な錯視図形を提案しました。錯視の詳しい仕組みはまだ明らかになっていませんが、少なくともヒトの脳では、このように中心軸がブレていると解釈したほうが都合が良いのでしょう。佐藤准教授は、「ヒトの視覚のこうした“妙な部分”も含めて理解することで、知覚メカニズムの真の解明につながる」と考えています。

ヒトの視線位置を推定

このほか、ヒトが物を見たときに視線をどこに向けやすいかを探る研究も手がけています。このような研究の領域では、視覚モデルを評価する国際的な指標「MIT(マサチューセッツ工科大学)Saliencyベンチマークテスト」が知られており、佐藤准教授らが発案したモデルは、同テストの総合評価で1位に輝いた実績を持ちます。

入力画像と、人の注視位置の実験結果とモデルによる推定

そのモデルは、既存の三つのモデルを賢く混ぜ合わせるという新しい手法で、これによってヒトがある画像を見たときに、どこを注視しやすいかという予測を精度良く行えるようになりました。しかしながら、「これは平均的な視線の推定位置であり、ヒトは本来、目的に応じて視線を変えるはずであるから、平均的な位置の精度だけをスコアとして競うことは問題の本質をとらえていない」と佐藤准教授は考えており、以降は、ヒトの視線移動の本質を数理的に明らかにする研究に軸足を移しています。

細胞のモデル化も

映像が動く速度とMT細胞の反応強度との関係(赤丸)と、工学的手法を基盤としたMT細胞モデルの推定速度(曲線)

さらに、最新のホットな成果として、脳の第二次視覚野(V2野)や第四次視覚野(V4野)、第五次視覚野(V5野またはMT野)にある細胞の振る舞いのモデル化にも成功しています。V2野とV4野の細胞について、神経科学とは全く異なる学問である、「電磁気学の定理」で記述できることを初めて示しました。
また、運動の知覚の中枢と考えられているMT野の細胞については、これまでただ唯一の複雑なモデルが約20年来信じられてきましたが、このモデルに新たな解釈を与えました。神経科学の領域に工学的な手法を持ち込むことで、モデルの簡素化を実現したのです。

このように佐藤准教授は、理学と工学を行き来しながら、実験によってヒトの視覚の機構をモデルとして立式することを目指しています。モデル化できれば、それをロボットやAIに入力することで、最終的にヒトの知能を再現できるでしょう。ただ、ヒトの視覚の仕組みは依然奥深く、「今なお分からないことばかりだ」そうです。視覚のトリック(仕掛け)を種明かしできる日は、まだずっと先になりそうです。

【取材・文=藤木信穂】

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