研究室紹介OPAL-RING
古川 研究室
「色」でひずみを検知する光ファイバーセンサでインフラを点検
所属 | 大学院情報理工学研究科 基盤理工学専攻 |
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メンバー | 古川 怜 准教授 |
所属学会 | 国際光工学会(SPIE)、応用物理学会、 高分子学会、米電気化学会(ECS) |
研究室HP | http://kjk.office.uec.ac.jp/Profiles /58/0005800/profile.html |
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掲載情報は2018年3月現在
- 古川 怜
Rei FURUKAWA
- キーワード
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光ファイバー応力センサ、ポリマー光ファイバー、マルチモードファイバー
近年、トンネルや橋などのインフラ(社会基盤)の老朽化が問題になっています。インフラの寿命は通常、建設から約50年と言われており、高度経済成長期に大量に造られたインフラが現在一斉に寿命を迎えつつあるからです。
しかし、今はどのインフラが老朽化を迎えているかといった状況の把握すら、十分には行われていないのが現状です。インフラの内部を詳しく調べるには、人による目視や打音点検が必要です。そのために足場を構築すれば、交通規制が必要となり、多額の費用や時間を費やしてしまうのです。
インフラの不具合を検知
このような背景において、古川怜准教授が提案しているのが、光ファイバーを使った「応力センサ」の導入です。高齢化したインフラが地震などでひずんだり、位置がズレたりした時の変化を瞬時にとらえ、トンネルなどが崩落する前の“予兆”を事前に検知しようとするものです。応力センサとは、物体に外から力が加わった際にそのひずみ量(応力値)を測定する装置で、「ひずみセンサ」とも呼ばれます。この応力センサ機能を光ファイバーで実現し、長いトンネルに張り巡らせれば、まるで人間の身体の「神経網」のように、力が加わった場所が反応してひずみ量を検知できるのです。
ランニングコストゼロ
光ファイバーを使った応力センサシステムは従来もありました。ただ、既存のシステムは、神経の反応を集中的に管理・監視する「頭脳」となるコントロールセンターが巨大化し、装置が高額になってしまう課題がありました。物体に当てて返ってきた光の波長の微妙な変化をとらえることから、運用に高度な技術が必要なことも普及を阻んでいました。古川准教授はこれらの課題を解決するため、「材料費と敷設費のみでランニングコストが“ゼロ”の、簡単に使える実用的な光ファイバーセンサシステムを作りたい」と考えています。
光ファイバーに色素を添加
- トンネルに適用した際のひずみ検知例
現在、主に取り組んでいるのが、「色」でひずみを検知するという安価でシンプルな新原理の光ファイバーセンサの開発です。プラスチック製の光ファイバーの中心部(コア)とその周囲を覆うクラッドにそれぞれ異なる種類の色素を添加します。ここに光を当てると、それぞれの色素が特定の波長の光を吸って吐き出します。この仕組みを使うと、ファイバーを張り巡らせたインフラなどにひずみがあった場合に、光強度の変化からそれを検出できるのです。
応用としては、例えば、トンネル内のひずみの検知などを想定しています。トンネル建設の際の掘削作業や、トンネルの外壁となるブロックを組み上げる作業時などに、このファイバーを利用すれば、トンネルの変形やブロックの接合ズレを素早く察知できます。ブロックの欠損部に土砂などが流入すると大きな事故につながりかねず、建設時の安全管理を徹底する上で役立つ可能性があります。もちろん平常時の監視にも使えます。
肉眼で確認も
- 色素の配向性と応力と偏波の関係を使った応用センシング例
光を当てた時に、ひずみがない場合はファイバーの色は変化しませんが、ひずみがあると光が伝わりにくくなり、次第に暗くなります。このように色調で簡単に判断できるため、将来は、「太陽光の下で肉眼でファイバーの色を確認するだけで、不具合を検知できるかもしれない」と古川准教授は考えています。また、トンネル以外にも、建物や家屋のひずみ検知や、水素などを貯蔵する高圧タンクといった小型物の安全管理用途にも応用できないかと模索をしているところです。
そのほか、色素を混ぜたプラスチックファイバーに応力をかけると、応力がかかった方向に色素が配向する性質を利用し、ひずみの検知性能を高める研究もしています。将来、応力がかかった「位置」だけでなく、従来は難しかった「応力の向き」まで検知することを目指しています。「検知性能を飛躍的に上げられるため、人が介入せずに、自動でインフラを監視できる」と古川准教授はみています。
古川准教授はもともとプラスチック光ファイバーの研究を手がけていましたが、米国では色素増感太陽電池を開発し、そのほかにも異なる波長を吸収するバクテリアの研究といった光合成生物の領域でも活動していました。提案する光ファイバーセンサは、これらの分野を融合した成果であり、自然界から着想を得た“エコシステム”と言えるでしょう。
2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催を控え、現在、首都圏を中心にインフラが大整備される機運が高まっています。古川准教授は「時代の流れにうまく乗って、建設業界だけでなく、自動車や航空機、住宅、宇宙などさまざまな業種の企業と連携しつつ、実用化の可能性を探っていきたい」と考えています。
【取材・文=藤木信穂】