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研究者情報:研究・産学連携

研究室紹介OPAL-RING
関 研究室

分子機械に息を吹き込む「数理モデル」の提案

所属 情報理工学研究科 情報・通信工学専攻
メンバー 関 新之助 助教
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掲載情報は2015年8月現在

関 新之助
Shinnosuke SEKI
キーワード

ナノエンジニアリング、分子コンピューティング、自己組織化、RNA折り紙、コンピュータによる証明、最適化、計算の難しさ

シリコン半導体で作られた既存の“硬いコンピュータ”に対して、我々の身体を構成するDNAやたんぱく質などの物質に計算をさせる、“柔らかいコンピュータ”(分子機械)が注目されています。シリコンチップを体内に埋め込むのは現実的ではありませんが、例えば、DNAコンピュータならば、人体のがん化した部分に直接、抗がん剤を届けることなども可能でしょう。

分子の自己組織化とは

では、柔らかいコンピュータはどのように作られているのでしょうか。分子機械の研究は現在、実験を中心に活発に行われていますが、モノづくりを効率的に行うには、そこに最適な設計図を与える「理論」が欠かせません。関新之助助教はこの分野で、実験の土台となる理論を研究しています。理論研究は、ともすれば机上の理論になりがちですが、関助教は実用的な分子機械を作るために、「理論と実践の融合を目指す」ことを心がけています。
関助教の研究に対するモチベーションともいうべきものは、「自然が長い年月をかけて編み出してきた情報処理の仕組みを理解すること」にあります。それは、人工のコンピュータの情報処理の仕組みとは必ずしも一致しないでしょう。主な対象としているのが、「分子の自己組織化(Molecular self-assembly)」と呼ばれる現象です。
分子の自己組織化とは、例えば水の分子が雪の結晶に変わるような、「外部のコントロールを受けずに、分子間の相互作用によって何らかの秩序が生み出される現象」のことです。情報処理を伴うこうした自然界の現象を数理モデルで表し、理論的に解析するのが関助教の仕事です。分子機械の実験の研究はあっても、こうした理論の研究は日本ではほとんど行われていないのだそうです。

数学史上、最も長い証明

DNAタイルの自己組織化による二進数の数え上げのイメージ
DNAタイルが二進数を数え上げる様子を、原子間力顕微鏡(AFM)で観察した結果(Constantine Evans博士提供)

関助教は最近、二つの大きな成果を挙げました。一つは、一般に「DNAタイル」と呼ばれる、DNAコンピュータを作るための自己組織化システム(一本鎖DNAからなる複合分子)を最適に設計することは「計算量的に難しい」(関助教)ことを証明したのです。所望のDNAコンピュータを作る際に、DNAタイルを何枚使い、また、どのように組み合わせるのが良いかという最適な「設計図」を得ることは、現実的には難しいことが分かったのです。
これは理論計算機科学の世界における未解決問題の一つであり、「DNAタイルによるパターン組織化システムの設計最適化問題(2-PATS)」として知られていました。関助教はこの問題が、実用的な時間では解くことが困難であると一般に考えられている「NP完全問題」であることを証明しました。
つまり、パターン組織化システムの最適な設計法は、それを構成するDNAタイルの組み合わせの数が膨大であることから、計算によって導くことは現実的には難しいことが分かったのです。要するに、実験者はベストな設計を目指さずに、「そこそこ良い」設計で作ることこそが「最善である」ことを正統化したことになります。
加えて特筆すべきは、この証明は、いわゆる数学者の武器である“紙と鉛筆”で行われたものではなく、コンピュータを使って大規模に行われたということです。コンピュータによる証明は、有名な「4色定理」、すなわち、「すべての地図は、4色あれば隣同士の国を異なる色で塗り分けられる」という問題を解くために、1976年に初めて使われました。
コンピュータによる証明は、ここ10年ほどで大きく進歩しました。関助教は、複数のスーパーコンピュータを並列につないで超高速計算を行った結果、14年に見事、証明に成功しました。この成果は、理論計算機科学分野の権威ある国際会議の抄録に掲載され、フランスの科学雑誌で“史上最長の証明”と紹介されたのです。

RNA折り紙の数理モデル

もう一つの成果は、ナノエンジニアリングの最新技術である「RNA折り紙」を数理モデルで表し、このモデルですべての関数を計算できることを証明したことです。RNA折り紙とは、DNAの鎖から転写されたRNA(リボ核酸)の鎖が、安定な構造へと自動的に折り畳まる実用的な計算システムです。転写と折り畳みを同時に行う、1本鎖からなる革新的なシステムです。これも自己組織化の一つで、コンセプト自体がまだ新しく、実験では14年に成功したばかりです。
関助教は米国の実験チームの依頼を受け、RNA折り紙の数理モデルとして「折り畳みシステム」を提唱しました。RNAを折り畳むだけで計算が可能なことを数学的に示し、さらにその計算能力も厳密に明らかにしたのです。RNAはヒモ状の物質であり、極論すれば、ヒモが一本あればあらゆる計算ができることになります。関助教は「パソコンやスマートフォンなど、現代の人工的な情報処理もヒモを折り畳むだけでできるようになるかも知れない」と考えています。
もし、RNA折り紙で鶴を折ったら、どんな複雑な計算ができるのでしょうか。自然に学ぶ情報処理は、ひょっとすると将来、人工のコンピュータの姿を大きく変えることになるかも知れません。

コンピュータによる泥臭い証明

数学の世界ではしばしば、「美しい結果には美しい証明がある」と言われます。これに対して、関助教は「現実の世界には、コンピュータに任せなければ何百年かかっても解けない、そんな“泥臭い”証明もある」と考え始めており、コンピュータサイエンスの分野から新たな難問に挑んでいます。
【取材・文=藤木信穂】

RNA折り紙の構造イメージ(Cody Geary博士提供)
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