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国立大学法人 電気通信大学

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研究者情報:研究・産学連携

研究室紹介OPAL-RING
道根 研究室

オゾンを使った高性能ガス光学素子の開発

所属

レーザー新世代研究センター

メンバー

道根 百合奈 特任助教

所属学会

レーザー学会、日本物理学会

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掲載情報は2022年6月現在

道根 百合奈
Yurina MICHINE
キーワード

光学素子、回折格子、レンズ、超高耐力、高エネルギーレーザー、高出力レーザー、紫外レーザー、レーザー加工、レーザー加速、オゾン

レーザーは発明から60年以上が経ち、今ではあらゆる産業で不可欠な技術になっています。特に、産業向けのレーザーには単位時間当たりに処理できる量(スループット)の高さが要求され、平均出力や繰り返し周波数は年々向上してきました。例えば、半導体製造や自動車などの分野では、数十キロワットの高出力レーザーや、高繰り返しパルスレーザーを用いた精密レーザー加工などが使われており、研究レベルではその数倍の高出力レーザーが利用されるなど高性能化が進んでいます。

ダメージフリーの光学素子

こうしたレーザーシステムには、レーザーのほかにもミラーやレンズ、回折格子など多くの光学素子が必要です。一方で、レーザー単体の性能の向上に比べると、これらの素子のレーザーに対する耐力(損傷しきい値)はそれほど高まっていません。そのため、単位面積当たりのレーザーエネルギーを引き下げるために、近年は光学素子をどんどん大型化することが求められていました。その上、高出力レーザーを使い続けると、ある確率でレーザーによって光学素子が損傷したり、破壊したりするという問題があります。
これを解決するのが、道根百合奈特任助教が開発したオゾンガスを用いた全く新しい光学素子です。現在の光学素子は大半が固体(ガラス)ですが、ガラスは損傷するとダメージを受けるため、交換が必要になります。これに対して、気体(ガス)はもともとレーザー耐力が高く、高い破壊強度を持つレーザー光が照射されてもすぐに再生するためダメージを負いません。道根特任助教はオゾンガスと紫外レーザーを使って、回折格子とレンズの機能を持つダメージフリーのガス光学素子を開発しました。

従来比100倍のレーザー耐力を実現

例えば、固体の光学素子の中でも比較的損傷を受けやすい回折格子を気体で作り込むためには、ガスの中に大きな密度の変調構造を設ける必要があります。ただ、ガラスのような固体と違ってガスは屈折率が小さいため、微小な領域に大きな屈折率の変化を起こすための新たなアイディアが求められます。これに加えて、境界があいまいで形状が不安定な気体を光学素子として機能させるには、光学波面の精度でレーザー光を制御しなければなりません。
そこで道根特任助教が注目したのは、オゾンガスと紫外光です。オゾンは波長250ナノメートル(ナノは10億分の1)付近の紫外領域の光をよく吸収します。オゾンを含む酸素ガスに2本の紫外レーザーのパルス光をうまく制御しながら周期的に当てることで、通常の音波と比べ、けた違いに大きな粗密の波を励起させることに成功しました。その結果、大きな密度変調構造を作製でき、これによって高い効率で光を回折できるようになりました。
開発したこの厚さ数ミリメートルの小型ガス光学素子は、従来のガラス製光学素子の100倍以上の高エネルギーレーザーを扱える耐力があるそうです。また、平均回折効率は96%と回折格子としての性能もガラス製と同等レベルを確保しています。さらに回折格子だけでなく、集光レンズとしても機能します。例えば、パルスレーザー加工においては、対象物にレーザー光を集光するレンズが必要です。これをオゾンレンズに置き換えれば、高温の融解物(デブリ)がレンズに付着するといった従来の問題を解決でき、完全メンテナンスフリーのパルスレーザー加工が実現できるといいます。

スイッチやイメージングにも応用可能に

このほか、固体よりも損失が低い気体の特徴を生かしたオゾンスイッチや、オゾンレンズを使って高速・多点撮影する高速瞬間イメージングへの応用など、新たな用途の開拓も期待できるでしょう。また、道根特任助教は治療効果の高い次世代の重粒子線がん治療装置にオゾンレンズを導入する研究プロジェクトにも参画しており、将来は装置の小型化が可能になるかもしれません。
こうしたガス光学素子の実用化に向けては、オゾン生成部やガス素子、紫外レーザー光源、紫外レーザー干渉計を一体化してコンパクトに作り込むことに加え、人体に有害なオゾンガスを扱う際の安全性の確立などが不可欠です。道根特任助教はこれまでも複数の企業と産学連携を進めてきましたが、今後は「高出力レーザーや光学素子関連、また光学系の自動制御やオゾンガスの生成などに技術力を持つ企業と協力し、製品化を進めたい」と意気込んでいます。

光学実験の教育プログラムも推進

一方、道根特任助教は研究と並行し、レーザー新世代研究センター主催の企業・研究者向け研修プログラムとして、2014年から「レーザー・光学実験トレーニングプログラム」を中心となって進めています。体験レベルから専門的なスキル習得までの受講者の幅広いニーズに合わせたオリジナルの実験メニューを提供しており、道根特任助教は「実際に手を動かしながら学べば、これまで中身が分からずに使っていた装置でも、その構造を理解することによって新たな発見につながるかもしれない」とその教育効果を強調しています。実際に、製造業のリカレント教育や新人研修などに導入されており、国立大学の教員として、他大学や企業の研究者にこのような開かれた学びの場を提供していることも特筆すべき点でしょう。

【取材・文=藤木信穂】