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国立大学法人 電気通信大学

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研究者情報:研究・産学連携

研究室紹介OPAL-RING
村松 研究室

生体と電磁波の相互作用が拓く新領域

所属

大学院情報理工学研究科
機械知能システム学専攻

メンバー

村松 大陸 准教授

所属学会

米電気電子学会(IEEE)、計算機学会(ACM)、電子情報通信学会、電気学会、エレクトロニクス実装学会、日本AEM学会、ライフサポート学会

研究室HP

home 村松 研究室

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掲載情報は2023年4月現在

村松 大陸 Dairoku MURAMATSU
キーワード

生体電磁工学、無線情報通信、生体信号計測、ヒューマンインターフェース

恋人同士が腕を組めば音楽データが共有され、端末に触れるだけで電子マネーの決済が行われる――。このような新しい通信の可能性を拓く「人体通信」が注目されています。人体に微弱な電流を流して体そのものを電気信号の通り道にすることで、触れ合った人や物との間で情報をやりとりすることができるのです。

人体通信はウェアラブル機器普及の鍵

生体と電磁波の相互作用の応用技術

工学や医学にまたがる「生体電磁工学」を専門領域とする村松大陸准教授は、生体と電磁波の相互作用を解明し、情報通信や医療・ヘルスケア、ヒューマンインターフェースなどさまざまな技術分野に応用することを目指しています。「シミュレーションとものづくりを駆使して、革新的かつユーザビリティの高い技術を創成したい」と村松准教授は考えています。

キーワードのひとつは、ユーザが身に付けることのできる「ウェアラブル機器」です。時計や指輪、メガネや衣服など、すでに多彩なウェアラブル機器が商品化され、スマートフォンなどと連携してヘルスケアや電子マネー決済などの用途に使われていますが、まだ爆発的な普及には至っていません。
そこで、ウェアラブル機器の普及の鍵として期待されているのが人体通信です。人体通信は誘電体である人体そのものを高周波信号の伝送路として利用する無線通信の一方式です。この伝送原理から、電磁波は遠方に放射せず、低ノイズかつ省電力の通信ができることが大きな特徴です。また、人体近傍の電界や人体表面の電流が通信に寄与するため、体のどこが触れても通信可能なインターフェースとして機能します。体に装着した電極(アンテナ)を介して人体と通信機器を接続することから、人体に直接触れるウェアラブル機器との相性が非常に良いのです。

統合的な設計指針の確立へ

人体を高周波信号の伝送路とする「人体通信」

村松准教授は人体通信の応用例として、体中に装着した生体信号センサを結ぶヘルスケアネットワークや情報と電力を同時に伝送するバッテリレス人体通信、複数ユーザの触れ合いによるデータ共有基盤、左右分離型の補聴器など多種多様なシステムを提案し、一部はスマホアプリの開発なども含めたデモシステムとして実現しています。

このように多数の応用例が検討される一方で、人体通信の実用化に向けてはまだ多くのハードルがあります。人体を構成するさまざまな生体組織は電気的な損失が大きく、自由空間を伝送路とする既存の無線システムの設計や最適化の手法をそのまま適用することはできません。そのため、現在の人体通信システムは試行錯誤をしながら設計しているのが実情です。こうした問題を解決するために、村松准教授は試作機や模擬生体を用いた実験やコンピュータによる数値シミュレーションを通して、「個別の応用事例を一般化し、人体通信システムの統合的な設計指針を確立したい」と意気込んでいます。
また、人工心臓やペースメーカーなどの体内に埋め込まれた医療機器と、体外の制御機器との間の「インプランタブル人体通信」についても研究しています。こうした体内―体外間の機器の無線通信は通常、400メガヘルツ(メガは100万)以上の高い周波数帯が用いられます。しかし、この帯域では水分を含む生体組織に電気信号が吸収されることで消費電力が増大したり、電磁ノイズを放射して周囲の医療機器に干渉し、誤動作を引き起こしたりする問題が指摘されています。

埋込型医療機器を対象としたインプランタブル人体通信

一方、人体通信で用いるような数十メガヘルツの帯域であれば、電磁波が放射しにくいために電力消費や干渉を低減できるだけでなく、悪意ある攻撃者によって体内の医療機器を不正に制御されるリスクを減らし、セキュアな通信を実現できます。村松准教授は、慢性疼痛治療に用いる腹部埋込型の脊髄刺激装置を想定した評価で、インプランタブル人体通信が高い通信効率と安全性を両立できることを実証しています。

非侵襲の血糖モニタリング

村松准教授は通信に限らず、生体と電磁波の相互作用を生体信号センシングに応用する研究にも着目しており、例えば、非侵襲の血糖モニタリングを試みています。糖尿病の診断や治療には日常の血糖計測が不可欠ですが、現在は酵素電極による侵襲計測が一般的で、 採血時の痛みやその手間、消耗品のコストが問題になっています。

バイオインピーダンスに基づく非侵襲的な血糖モニタリング

提案するバイオインピーダンスを評価基準にした非侵襲的な血糖モニタリングでは、手首に貼り付けた電極で測定したインピーダンスが、血中グルコース濃度と高い相関があることを被験者実験で確認しました。このように体を傷つけずに簡単に血糖値を知ることができれば、ウェアラブル機器の普及のさらなる後押しになるのではないでしょうか。
さらに、ヒューマンインターフェースへの応用として、生体の電磁応答に基づいてスマホを操作する指の種類を識別する方法も提案しています。5本の指はそれぞれ長さや太さが異なるため、電磁波の反射や透過特性などに変化が生じます。この変化を適切に測定して指を識別できれば、操作する指ごとに異なる機能を割り当てることによって、情報入力性能を飛躍的に拡張することが可能でしょう。

食肉の品質評価などにも応用

このほかにも、村松准教授は電磁波を利用して食肉の品質を評価する技術開発にも取り組んでおり、これまで接点のなかった食品業界にも足を踏み入れています。従来の食肉の評価は官能検査や理化学検査などの破壊検査が一般的でしたが、電磁波を検査に利用することで、非侵襲かつ非破壊で脂肪交雑や熟成度(タンパク質の分解状況)を測定できる可能性があるのです。将来、この評価技術が確立すれば、スーパーに並ぶ食肉のラベルに食感や風味、うま味などの「おいしさ」に関する情報も記載されるかもしれません。
このように、村松准教授は生体と電磁波に関するバラエティに富んだ応用研究を行っています。生体と電磁波の相互作用が拓く新領域は、従来注目されてきた通信や医療分野だけでなく、食品や物流、アパレルなど多岐にわたるでしょう。「自分がこれまで連携してこなかった分野や業界から相談をいただくことで、新たな応用技術の開拓につながる」と村松准教授は考えており、分野にとらわれない産学連携に積極的な姿勢を示しています。

【取材・文=藤木信穂】