【ニュースリリース】超小型・軽量・高性能なプラズモニック赤外センサの開発に成功 -文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業の秀でた利用成果最優秀賞に選定-
2021年12月20日
発表者
三田 吉郎(東京大学 大学院工学系研究科電気系工学専攻 准教授)
菅 哲朗(電気通信大学 大学院情報理工学研究科機械知能システム学専攻 准教授)
安永 竣(東京大学 大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻博士後期3年/電気通信大学 菅研究室 委託指導生)
大下 雅昭(電気通信大学 大学院情報理工学研究科機械知能システム学専攻博士後期3年)
発表のポイント
- 2×2mm2の領域に並べた160万個のナノ構造が起こす表面プラズモン共鳴現象(注1)を利用した、超小型・軽量・高性能なシリコン製赤外センサ(注2)を世界で初めて実証しました。東京大学微細加工プラットフォーム(注3)で試作し、研究成果が文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業の令和3年度秀でた利用成果最優秀賞に選定されました。東大微細加工拠点は2年連続の最優秀賞。
- 表面プラズモン共鳴をナノ構造で制御する技術により、本来赤外光に感度を持たないシリコン材料を用いた赤外線センサが実現できました。ナノ構造は微細加工技術で作製でき、構造のパターン設計によって自在にセンサの特性を制御することが可能になったのです。
- 微細加工技術で実現できる超小型・軽量・高性能で安価な赤外線センサの実用化により、医療、セキュリティなどの多くの分野で省エネや安全・安心を支えるIoTの機能を向上し、SDGs社会の実現に貢献します。
発表概要
電気通信大学の菅哲朗准教授らのグループは、表面プラズモン共鳴を生み出すナノ構造(以下、プラズモニック構造)をシリコン製のMEMS(Micro Electro Mechanical Systems、微小電気機械システム)(注4)上にモノリシック(注5)に集積し、超小型・軽量・高性能な赤外センサ、ならびに小型分光器(注6)を実現しました。この構造試作においては、高精度なナノリソグラフィー技術、シリコン深掘りエッチングが必要なため、東京大学武田先端知ビル微細加工プラットフォームが技術支援を行いました。この支援の下、金属ナノ構造、フォトダイオード、微細アクチュエータなど、多彩な要素を組み込んだMEMSデバイスの実現および機能実証に成功しました。
東京大学微細加工プラットフォームは、文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業の委託を受け、微細加工装置と卓越した微細加工技術を提供する機関である。本事業に参画する機関は全国に25あり、全体の利用課題件数は1年間で約3,000件にのぼる。その中で本成果は令和3年度の「秀でた利用成果」7件のうちの一つに採択され、さらにその中の最優秀賞1件に選ばれました。受賞のプレスリリースは、同事業のとりまとめ機関である物質・材料研究機構から2021年12月20日に行われる。また、表彰式は2022年1月26日~28日に東京ビッグサイトで開催される第21回ナノテクノロジー総合展(nano tech 2022)にて1月26日に執り行われる予定です。
本成果のデバイスは、菅哲朗准教授らが独自のシリコン製MEMS赤外センサの原理を提案し、東京大学微細加工プラットフォームを率いる三田吉郎准教授と技術スタッフによる長年の技術蓄積に基づいた支援により作製に成功した。表面プラズモン共鳴は、光によって金属ナノ構造の表面に生じる自由電子の共鳴であり、近年ナノテクノロジーの分野で盛んに研究されています。プラズモニック構造をシリコン上に形成し、構造上に光を照射すると、共鳴条件のときに表面プラズモン共鳴が生じます。一般に、金属構造とシリコンの界面には、エネルギー障壁の一種であるショットキー障壁(注7)が形成されます。プラズモニック構造を適切に設計すれば、特定の赤外光波長を選択的に吸収できます。その上、ショットキー障壁は赤外線検出可能な障壁高さに調整できます。赤外光照射による表面プラズモン共鳴のエネルギーで励起した自由電子は、この障壁を乗り越えてシリコン側に流入するので、電流として検出できます。シリコン製でありながら赤外センサを構成できる技術です。
さらにこのセンサ構造をMEMS微細アクチュエータ上にモノリシックに集積すると、小型分光器を構成できます。入射光に対するプラズモニック構造の傾き角を可変にすると、角度に応じて検出する赤外波長が変化します。そして傾き角ごとの検出電流データを解析すると、小型赤外分光器として機能します。これら、金属ナノ構造、赤外フォトダイオード、微細アクチュエータの諸構造を一体化したデバイスは世界初です。本成果による赤外センサは小型軽量で高機能なので、血液検査などの医療分野、危険な物質を検知するセキュリティ分野、コロナウイルスなどの感染源を検出するパンデミック対策分野、工業機器や科学機器のガスセンサなど多くの分野に応用・適用できます。安全・安心な社会、効率的な生産プロセスの構築など、スマート社会の実現に寄与することが期待されます。
本研究は、(国研)新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)委託事業、イムラ・ジャパン(株)との共同研究、科学研究費補助金(20K20533、JP21J13187)、およびJST A-STEP産学共同により実施されました。
(用語解説)
注1: 表面プラズモン共鳴(SPR: Surface Plasmon Resonance)
金属の表面の自由電子が外部から入射する光によって振動する現象。特定の波長の光が入射すると自由電子は大きく振動する。これを表面プラズモン共鳴(SPR: Surface Plasmon Resonance)という。この大きく振動した自由電子は、本成果の方法(ナノ構造)で電流として検知できるので、光センサとして利用できます。
注2: 赤外センサ
可視光よりも波長が長い、赤外光を検出できるセンサのこと。本成果では、シリコン単体では感度を持たない波長1.1~1.8 µmの近赤外と呼ばれる波長帯を検出するセンサを実現しました。
注3: 東京大学微細加工プラットフォーム
東京大学武田先端知ビルに設置された、半導体MEMS微細加工を支援する機構である。文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業から東大を含めて全国25機関が委託を受けて運用されています。
注4: MEMS
MEMSとはシリコン基板などの上に振動などの機械的要素と電子回路を集積したデバイスのことである。この研究開発では、シリコン基板の表面に電圧をかけると振動する形状にナノレベルに微細加工した。こうした振動などの機械的な機能を持つ形状のことをMEMS構造とよびます。
注5: モノリシック
シリコンなどの一つの半導体基板上に、機能構造を一体的に形成する構造のこと。
注6: 分光器
分光器は、受光部(センサ)に入射した光が波長ごとにどの程度の強度を持つか、計測することができる装置のことです。赤外分光器は、その分光対象が赤外光である装置のこと。本成果の分光器はプラズモニック構造による赤外センサを応用したものであり、3 mm角程度の非常に小さいチップサイズで分光機能を実現できます。
注7: ショットキー障壁
金属と半導体の界面に生じる、電子に対するエネルギーの障壁のことです。一種のダイオードであり、電流の整流作用を示します。エネルギー障壁の高さは、金属の種類と半導体の種類で変化させることができます。今回使用した材料の組み合わせの場合、シリコンのバンドギャップエネルギーよりも低い高さの障壁が構成できるので、シリコン単体では感度を持たない赤外光を検出することができます。
(特許)
特許第6928931号 計測用デバイスおよび計測センサ
シリコン上のプラズモニック構造による表面プラズモン共鳴電流の検出
詳細はPDFでご確認ください。