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国立大学法人 電気通信大学

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お知らせ

【ニュースリリース】密集したシナプス集団の活動データから統計力学的手法により単一シナプスを検出

2022年11月01日

ポイント

*昆虫の中枢神経系でカルシウムイメージングによるシナプス集団の活動可視化手法を確立
*統計物理学の手法を応用した画像解析法により、単一のシナプス状構造の抽出に成功
*動物の脳内で展開する情報処理をシナプスレベルで解明することにつながると期待される

概要

高坂洋史准教授(共通教育部)、福益一司氏(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻大学院生)、能瀬聡直教授(同大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻)の研究グループは、複雑な中枢神経系のカルシウムイメージングデータから画像解析によってシナプスレベルでの活動を抽出することに成功しました。この成果は国際科学誌 Neural Networksに掲載されました。

背景

神経回路は、多数の神経細胞から構成されていて、感覚受容や運動制御、記憶や思考など、さまざまな情報処理を行います(図1)。このような情報処理は、個々の神経細胞が、シナプスと呼ばれる微細な構造を介して他の神経細胞に信号を送ることで実現されます。そのため、情報処理の仕組みを解明するためには、無数のシナプスの活動を同時に計測しなければなりません。従来、神経細胞の本体である細胞体の同時活動計測は行われてきましたが、シナプス集団自体の大規模計測を可能にする手法は確立されていませんでした。

手法

この研究では、細胞レベルでの神経回路の研究が進んでいるショウジョウバエ幼虫の運動制御回路を用いて、シナプス集団の活動検出を実現する手法を開発しました。まず、個々のシナプスの神経活動を蛍光強度変化で捉えられるカルシウムイメージングプローブ分子を用いて、中枢神経系に運動制御信号が生じている際の神経活動を蛍光画像として撮影しました(図2左)。数千個のシナプスが複雑な活動を示すこの蛍光時系列画像から、グラフ理論と統計物理学という強力な数理的手法を駆使して、個々のシナプスを画像上で分離し、それらの時間的な活動パターンを抽出するアルゴリズム(PQ-clustering)を開発しました。

成果

PQ-clusteringによって、中枢神経系の活動データから個々のシナプスの活動を抽出することに成功しました(図2右)。抽出した活動パターンを解析したところ、同期して活動する少数のシナプスが見つかり、このようなシナプス群が回路全体のタイミングをリードしている可能性が示唆されました。また、本研究で開発したPQ-clusteringの汎用性を調べるために、既存の分析ツールで、現在広く使われているCaImAnアルゴリズムとの性能を比較しました。シナプス集団の活動を模した多様な人工データを作成し、そこからのシナプス活動の検出性能を指標として比較したところ、PQ-clusteringの方がより高い精度でかつ短い計算時間でシナプス活動を取り出せることが分かりました。特に、広範囲で同期的な神経活動を起こすようなデータの分析において、PQ-clusteringは既存手法と比較してより高い精度を発揮しました。このことは、PQ-clusteringがシナプス集団の活動データから個々のシナプスの活動を検出するための汎用性の高い手法であることを示唆しています。

今後の期待

日常のあらゆる知的活動は、脳の中の多数のシナプスを介した信号伝達によって行われています。そのメカニズムは非常に複雑で、神経回路における情報処理に関してその計算や制御の仕組みには、未解明な点が多く残されています。神経回路の作動機構を理解するためにはまず、そこで起きている神経活動を正確に観測する必要があります。本研究で開発した大規模なシナプス集団の活動を抽出する効率のよい手法によって、神経回路における情報処理機構の解明がより一層進むことが期待されます。
神経回路が動作する仕組みを明らかにすることで、なぜうまく動作するのかに加えて、なぜ動作しないのかについての示唆が得られると考えられます。本研究で開発したシナプス集団の解析手法を、回路が動作する上で欠かせない細胞・分子レベルでの要素の探索に適用することで、神経回路の変異に起因する種々の疾患の効率的な治療法開発に貢献することが期待されます。また、近年はより人間に近い汎用型人工知能の開発が模索されていますが、本手法によるシナプス活動の観測は、そのような人工知能開発のための手がかりを提供するかもしれません。

(論文情報)
著者名:Kazushi Fukumasu, Akinao Nose, Hiroshi Kohsaka
論文名:Extraction of bouton-like structures from neuropil calcium imaging data
雑誌名:Neural Networks
DOI: 10.1016/j.neunet.2022.09.033
公表日:2022年10月6日(木曜日)

詳細はPDFでご確認ください。