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国立大学法人 電気通信大学

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お知らせ

【ニュースリリース】キャタピラのように動く細菌の運動メカニズムを解明

2023年02月28日

ポイント

*バクテロイデーテス門に属する細菌がマルチレール構造を菌体表面に持つことを発見
*同構造によりキャタピラのように運動することが明らかになった
*感染症の抑制や抗生剤の開発につながると期待される

概要

中根大介助教(基盤理工学専攻)らの研究グループは、ヒトの腸内などに数多く存在するバクテロイデーテス門に属する細菌が、その表層に複数の滑走路を持つ「マルチレール構造」があり、それを使ってキャタピラのように運動することを明らかにしました。これらの細菌の中には、感染を引き起こす種も知られているため、この運動機構を標的にすることで感染症の抑制や抗生剤などの開発につながると期待されます。
バクテロイデーテス門細菌が滑走運動することは知られていましたが、環境中の固体に付着したバクテロイデーテス門細菌の菌体表面に存在する多数の付着繊維状タンパク質(SprB)がどのように動いてスムーズな滑走運動を生み出しているかというメカニズムや、その運動機構は分かっていませんでした。
今回、研究グループは、バクテロイデーテス門細菌の菌体表面のSprB分子の動きを解析し、SprBが菌体表面を左巻きのらせんループに沿って動くことを発見しました。さらに、菌体はSprBの左巻きらせんループ状の動きを反映し、反時計回りに回転しながら滑走運動していることを明らかにしました。この運動は、ブルドーザーのようなキャタピラを装着した車両が、左右どちらかのキャタピラを止めてもう一方を回転させながら方向転換する信地旋回の動きに似ています。
細菌がどのような仕組みで運動しているのかが解明できれば、これを抑制することで感染症の抑制などが期待されます。また、細菌が持つ極小の運動機構は将来、ナノマシンとして応用できる可能性も考えられます。
本研究は柴田敏史講師(鳥取大学)、中山浩次名誉教授(長崎大学)らと共同で行いました。成果は国際学術誌であるCommunications Biology誌に掲載されました。

背景

ヒトを含め、生物は動くことでより良い環境を見つけ出し、増殖してその生存範囲を広げていきます。顕微鏡でようやく見ることのできる数マイクロメートル(マイクロは100万分の1)サイズの細菌も、さまざまな運動機構を駆使して動作しています。病原性細菌においては、細菌の運動が感染の過程で重要な役割を果たします。
バクテロイデーテス門に属する細菌は、ヒトの細菌叢(さいきんそう)における主要な構成菌であり、その中で滑走運動する種は、ヒトの歯周病や犬猫の咬み傷を発端とする「カプノサイトファーガ感染症」の原因にもなります。また、魚に感染する種は水産業に甚大な被害を及ぼします。細菌がどのような仕組みで運動しているかを解明し、それを抑制できれば、感染症の阻止などにつながるほか、細菌が持つ極小の運動機構は将来ナノマシンとして応用できる可能性もあります。
バクテロイデーテス門細菌は組織やガラスなど環境中の固体に付着し、その表面で行ったり来たりしたり(スイッチバック)、立ち上がって向きを変えたりする(フリッピング、ピボッティング)動きを組み合わせて、約1~5 µm /秒の速さで滑走運動を行います(図1a)。一方、大腸菌などが得意とする液体中での遊泳運動はできません。
細菌の運動はべん毛による遊泳運動やIV型線毛によるトゥイッチング運動、マイコプラズマや粘液細菌が行う滑走運動などさまざまな機構が知られていますが、バクテロイデーテス門細菌の滑走運動は、遺伝学的解析からそれらと異なる独自の運動機構を持つことが知られています。
バクテロイデーテス門に属するFlavobacterium johnsoniae(ジョンソニエ菌)は、滑走運動の分子メカニズムを解明するためのモデル細菌としてよく研究され、滑走運動に関与するGldタンパク質群やSprタンパク質群が滑走運動に関わることが明らかになっています。このような滑走関連タンパク質がどのように機能して滑走運動装置を形成するのか、さらにどのように滑走運動装置が動き、菌体が滑走するのかといった滑走運動機構の解明に向けた研究が長年行われてきました。
中根助教らの研究グループは、これまで滑走運動関連タンパク質がタンパク質を分泌するIX型分泌機構(T9SS)を兼ねることを突き止めたほか、ジョンソニエ菌の菌体表面の付着性分子である6,497個のアミノ酸からなる付着性繊維状タンパク質SprB(図1b)が、細菌の滑走運動の速度と同程度の速さでキャタピラのように菌体表面を旋回運動し、菌体を押し出して滑走する「らせんループ軌道」のモデルなどを提案してきました。しかしながら、数百分子にわたる多数のSprBが菌体上で滞りなく動き、スムーズで多様な滑走運動パターンを生み出すその滑走運動装置の構造やメカニズムは明らかになっていませんでした。

キ図1 バクテロイデーテス細菌の滑走運動様式とキャタピラとして機能するSprB

図1 バクテロイデーテス細菌の滑走運動様式とキャタピラとして機能するSprB

成果

今回の研究で、さまざま速度で動くSprBを渋滞させずに循環させるだけでなく、レールチェンジなどによりSprBの軌道を変化させられる巧妙な構造を持つマルチレール構造が菌体内部に存在することが明らかになりました。このような滑走装置によって推進された菌体はさまざまな動きを伴って滑走し、より遠くへ移動できると考えられます(図4)。
細菌が動く様子は、動画で撮影することにも成功しています。

図4 マルチレール構造のモデル

図4 マルチレール構造のモデル

今後の期待

バクテロイデーテス門細菌の中には、ヒトの歯周病や犬猫の咬み傷を発端とする「カプノサイトファーガ感染症」など、種々の感染を引き起こす種が知られています。魚に感染する種は水産業に甚大な被害を及ぼします。細菌がどのような仕組みで運動しているのかが解明できれば、これを抑制することで感染症のまん延防止や抗生剤の開発などにつながるほか、細菌が持つ極小の運動機構は将来、ナノマシンとして応用できる可能性も期待されています。

(論文情報)
雑誌名:「Communications Biology」
論文タイトル:Filamentous Structures in the Cell Envelope are Associated with the Bacteroidetes Gliding Machinery
著者: Satoshi Shibata, Yuhei O. Tahara, Eisaku Katayama, Akihiro Kawamoto, Takayuki Kato, Yongtao Zhu, Daisuke Nakane, Keiichi Namba, Makoto Miyata, Mark J. McBride, and Koji Nakayama
DOI番号:10.1038/s42003-023-04472-3
論文閲覧用URL新しいウィンドウが開きます https://www.nature.com/articles/s42003-023-04472-3

(外部資金情報)
本研究は日本学術振興会の新学術領域研究「運動超分子マシナリーが織りなす調和と多様性」JP24117006(平成24~28 年度)および、JSPS科研費JP25293375、JP17K17085の支援を受けて行いました。

詳細はPDFでご確認ください。