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国立大学法人 電気通信大学

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お知らせ

【ニュースリリース】結晶方位制御によるビスマスにおける巨大スピン変換の実現 〜積年の謎を解決し、新奇スピン注入メモリの実現/発展への道程を開拓〜

2023年03月24日

概要

伏屋雄紀准教授(本学共通教育部)、東京大学物性研究所の研究グループと、福本直輝大学院学生(京都大学大学院工学研究科電子工学専攻修士課程2回生)、大島諒助教(同大同専攻)、白石誠司教授(同大同専攻)らのグループは共同で、スピントロニクス技術において極めて重要な高効率に電流からスピン流を生み出す物質としてビスマスが非常に優れていることを実験的に証明することに成功しました。
高密度・高効率に記憶できるスピン注入メモリ(MRAM)に応用上大きな期待が集まっており、世界的に激しい研究開発競争が行われています。記憶層の書き込みには、従来用いられてきた電流を用いた手法に対して、低いエネルギー損失かつ高耐性で書き込みが行えるスピン流を用いる手法の優位性が認識されているため、そのスピン流を高効率で生成できる手法(スピン変換手法)の開発が極めて重要です。現在最も優れた方法と認識されているのがスピンホール効果を用いる手法であり、一般にこの手法では原子番号の大きな材料がよいとされているため、非放射性元素の中で一番原子番号の大きなビスマス(Bi)が理想的な材料であると期待されていました。しかし実験的には、Biのスピン流生成効率は何故かこれまでほとんどゼロであるいう報告しかなく、応用研究としてだけでなく物性物理学の基礎研究としても永年の謎(未解決問題)とされていました。
今回、電通大・の研究グループは、Biのとりうる結晶方位と、それによるg因子の違いに着目しました。理論的考察から、従来研究で用いられてきたBiはg因子が小さいため原理的に極めて低いスピン流生成効率しか得られない結晶構造であることを明らかにしました。更に結晶成長方法の工夫により、g因子が大きく高効率でスピン流を生成できるBiを得ることに成功しました。実験的に得られた生成効率は全元素中で最大のものの1つであり、本来Biに期待されるレベルのスピン変換効率を達成したと言えます。本成果は、スピン注入メモリ応用に重要な成果であると同時に、基礎研究面でも永年の未解決問題を遂に解決した、という意味で極めて重要な成果です。
本成果は2023年3月23日(木)に米国科学アカデミーの学術誌である「Proceedings of National Academy of Science」誌にオンライン掲載されました。

A: 今回の研究で用いたBiの(110)結晶におけるスピン流(Js)生成の概念図。g因子が大きな方向にスピンを生成できるためスピン変換効率を大きくできる。<br />B:従来研究で用いられてきたBiの(111)結晶の場合、g因子が小さな方向でしかスピンを生成できていなかった。

A: 今回の研究で用いたBiの(110)結晶におけるスピン流(Js)生成の概念図。g因子が大きな方向にスピンを生成できるためスピン変換効率を大きくできる。
B:従来研究で用いられてきたBiの(111)結晶の場合、g因子が小さな方向でしかスピンを生成できていなかった。

研究手法・成果

そこで私達の研究グループではBiにおけるスピンの本質を基本に立ち帰って考えることから出発しました。Biは特殊な電子状態を持っているために、そのg因子が結晶構造・結晶方位に依存して1000倍以上異なることが知られていました。g因子はBiにおいてはスピンホール効果によって生成されるスピン流の流れやすさ(=伝導度)と強くリンクするため、g因子が大きいほど相対的に大きなスピン流が生成できるということを理論面からの考察により見出しました。この観点から従来の研究を見直してみると、従来の研究で使われていた(111)構造を持つBiではg因子が0.112以下という極めて小さい状態でスピン流を生成していたことがわかりました。実はBiにはもう1つ別の構造があり、それが(110)構造ですが、この(110)構造ではg因子は最大で1000を超えます。つまり(110)構造を持つBiを作製してそのBiのスピンホール効果を用いれば非常に効率よくスピン流が生み出せる、ということになります。
実験的には強磁性体であるニッケル(Ni)の上にBiを成長させると望ましい構造である(110)構造ができることを見出したことがブレイクスルーの1つとなりました。この(110)Biを用いると、スピン変換効率として最大で27%という極めて大きな値を得ることができました(原子番号78の白金では10%以下)。現在知られている最大の変換効率は、原子番号が74のタングステンがある特殊な構造をとった時の33%ですので、今回の研究で得られた変換効率は全元素中でも最大のものの1つであり、本来Biに期待された大きなスピン変換効率が実現できた、ということができます。これはスピンを用いたメモリ素子応用上、大変重要な成果であると同時に、基礎学術面でも永年の未解決問題を解決し、科学者間の議論に遂に終止符を打つことのできた記念碑的成果でもあります。

波及効果・今後の予定

今後求められる研究としては、実際に(110)Biを用いてスピン注入メモリを試作し、スピン流を用いた効率的な磁化反転ができるかどうかを確認することがあります。また今回の成功のキーが「大きなg因子」にあったことから、他の材料系で大きなg因子を持つ材料があるのかどうかの探索、さらに人工的にg因子の大きさを制御できるような新しい材料系の開拓なども重要な研究となります。

研究プロジェクトについて

本研究を遂行するにあたり、科学研究費補助金・基盤研究(S)「半導体スピンカレントロニクス」、同・基盤研究(B)「強スピン軌道結合系における劇的スピン応答の制御」、同・基盤研究(A)「反強磁性金属における自励発振の研究」、スピントロニクス学術研究基盤と連携ネットワーク拠点などの支援を受けました。

(論文情報)
論文タイトル:"Observation of large spin conversion anisotropy in bismuth"(ビスマスにおける大きな異方的スピン変換の観測)
著者:N. Fukumoto,*, R. Ohshima,*,, M. Aoki, Y. Fuseya, M. Matsushima, E. Shigematsu, T. Shinjo, Y. Ando,, S. Sakamoto, M. Shiga, S. Miwa and M. Shiraishi
掲載誌:Proceedings of National Academy of Science (米国科学アカデミー紀要)
DOI:10.1073/pnas.2215030120

  • ※1. 京都大学大学院工学研究科、2. 電気通信大学大学院情報理工学研究科、3. JSTさきがけ、4. 東大物性研

詳細はPDFでご確認ください。