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国立大学法人 電気通信大学

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お知らせ

【ニュースリリース】量子系から取り出せる量子コヒーレンスの最大量を理論的に解明

2023年11月20日

ポイント

  • *異なるエネルギー状態の間の量子的な重ね合わせであるエネルギーコヒーレンスを、多くの粒子からなる量子系から高純度で取り出す際の最大量を理論的に解明した。
  • *同時に、量子系を望んだ状態に準備するために必要な最小のエネルギーコヒーレンス量も解明した。
  • *エネルギーコヒーレンスは量子熱機関、量子時計などの性能向上に用いられる量子的性質である。したがって、得られた結果は将来的にこれらの量子技術の性能向上につながる可能性がある。
  • *これらの結果は複雑な相互作用を持つ系にも適用可能な一般的結果であり、エネルギーコヒーレンスの損失を最小にして有効活用するための基礎となる。

概要

山口幸司特任研究員(情報・ネットワーク工学専攻)と田島裕康助教(同専攻、兼任:科学技術振興機構(JST)さきがけ研究者)は、多くの粒子からなる量子系からエネルギーコヒーレンスを取り出す際の限界を理論的に明らかにしました。ここでエネルギーコヒーレンスとは、異なるエネルギー状態の間の量子的な重ね合わせのことを指します。これは量子効果を引き起こす重要な量子的性質のひとつであり、熱機関や量子時計など、さまざまな量子技術への応用が可能です。しかしこの性質はデリケートで簡単に破壊されてしまうため、量子系から純度の高いエネルギーコヒーレンスを取り出してから利用することが重要となります。本研究成果は多粒子から構成される量子系から取り出すことができる高純度のエネルギーコヒーレンスの最大量を明らかにするものです。これは、将来の量子技術においてエネルギーコヒーレンスを有効活用する際の設計・開発の方針を与える上で重要な役割を果たすと考えられます。
この研究成果は、令和5年11月17日(EST)付で米国科学雑誌「Physical Review Letters」オンライン版に掲載されました。

成果

本研究では、多くの粒子からなる量子系の、任意の量子状態から取り出すことのできるエネルギーコヒーレンスの最大量を計算する一般公式を確立しました。この公式を用いると、エネルギーコヒーレンスの供給源としてどのような量子系・状態が、どの程度有用であるかを定量的に解析することができます。
またこの結果に並列なものとして、抽出の逆に相当する過程である状態準備に必要なコストについての一般公式も確立しました。一般に、量子系をある状態に準備するためにはエネルギーコヒーレンスを用意する必要がありますが、この際に可能な限り無駄な損失を減らすことが重要です。本研究の結果を用いることで、多くの粒子からなる量子系を望んだ状態に準備するために必要な最小コストを解析することが可能です。
これらの本研究の結果は先行研究の結果を踏まえて一般化したものであり、複雑な相関を持つ量子系に対して適用可能です。より正確には以下のような対応関係があります:先行研究において、i.i.d.設定におけるエネルギーコヒーレンスの抽出可能量と状態準備コストは量子フィッシャー情報量によって定まることがわかっています。この量子フィッシャー情報量を「情報スペクトル理論」と呼ばれる理論的枠組みによって拡張することにより、本研究のエネルギーコヒーレンスの抽出可能量と状態準備コストについての一般公式が表されます(図2左)。
本研究の主結果を導く際に用いた「情報スペクトル理論」は、多くの理論において複雑な相関を持ちうる系の解析にしばしば用いられてきた強力な手法です。従来、この手法は主にエントロピーに関係する問題に対して用いられてきました。その重要な例がエンタングルメント理論です。エンタングルメント理論のi.i.d.設定ではエンタングルメントエントロピーと呼ばれる量が中心的役割を果たし、その情報スペクトル理論的拡張によって一般の多粒子系の量子状態から抽出可能なエンタングルメント量と状態準備コストが表せることが先行研究によりわかっています(図2右)。
このことを踏まえると、本研究の成果はエネルギーコヒーレンスの理論とエンタングルメント理論の間の構造的な類似性も明らかしたと言えます。すなわち、エネルギーコヒーレンスとエンタングルメントという2つの大きく異なる量子系の性質は、それぞれ量子フィッシャー情報量とエントロピーという物理量を軸として、情報スペクトル理論を用いることで理解できることがわかったと言えます。

図2:エネルギーコヒーレンスの理論とエンタングルメント理論の対応関係。いずれの場合もi.i.d.設定の結果を情報スペクトル理論により拡張することで多くの粒子からなる一般の量子系に適用可能な理論が構成できる。

図2:エネルギーコヒーレンスの理論とエンタングルメント理論の対応関係。いずれの場合もi.i.d.設定の結果を情報スペクトル理論により拡張することで多くの粒子からなる一般の量子系に適用可能な理論が構成できる。

今後の期待

本研究の結果は、エネルギーコヒーレンスを活用する際の損失を可能な限り小さくするための指針となる結果です。エネルギーコヒーレンスは熱機関の性能向上、量子時計の精度向上などに必要となる重要な量子リソースのひとつです。なかでも量子時計の精度向上は一般相対論の検証などの基礎物理的側面だけでなく、GPSシステムの精度向上などの日常生活に関わる技術への応用へとつながります。エネルギーコヒーレンスの最適な活用方法に関する本研究の結果は、このような将来の量子技術の応用に向けた解析に役立つと期待できます。また本研究は情報スペクトル理論の従来の適用範囲を拡張する試みがある程度の成功をおさめたという側面を持っており、この強力な枠組みを更に拡張・応用することで量子系の様々な性質が明らかになることが期待できます。
今後の課題としては、今回の結果を応用していくこと、また外部と相関を持つような状態(混合状態)の変換においては解析が終わっていない部分があるため、そうした部分の解析を進めていくことなどがあげられます。

(論文情報)
著者名:Koji Yamaguchi and Hiroyasu Tajima
論文名:Beyond i.i.d. in the Resource Theory of Asymmetry: An Information-Spectrum Approach for Quantum Fisher Information
論文誌・論文番号:Physical Review Letters, Vol. 131, 200203 (2023)
DOI:10.1103/PhysRevLett.131.200203

(外部資金情報)
本研究は、日本学術振興会(JSPS) 海外特別研究員制度(山口)、JSPS 若手研究(JP19K14610(田島))、JSPS 学術変革A「極限宇宙」(JP22H05250(田島))、JST さきがけ(JPMJPR2014(田島))、JST ムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2061(田島))の助成を受けて実施されました。

詳細はPDFでご確認ください。