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国立大学法人 電気通信大学

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新たな世界を切り開け 電気通信大学が挑み続ける最先端技術の研究。
それはどんなコンセプトのもとに実践され、具体的にどんな取り組みがなされているのか、
キーパーソンに聞いた。

ロボットと共生する時代睨みソフトロボティクスに果敢に挑戦。助教 新竹 純

ロボットと共生する時代睨み
ソフトロボティクスに果敢に挑戦

ロボットは今後も目覚ましい技術発展を遂げ、近い将来、私たちの身の回りで生活を手助けする存在になるとみられている。すでに製造業では大半の作業をロボットがこなすまでになっている。だが、人間との関わりを深めるとなると、避けて通れないのは、硬い材料で作られているボディー全体の根本的な見直しだ。現行の産業用ロボットのように樹脂や金属で丈夫に作られたロボットが日常生活に入り込むと、思わぬケガをすることになりかねない。そこで世界的に注目を集めているのが、柔軟性に富んだ材料でロボットを作ろうという研究、いわゆるソフトロボティクスだ。新竹純助教(機械知能システム学専攻)が率いる研究室もこの有望分野に果敢に挑んでいる。


本物の魚のように泳ぐ
ロボット

モーターなどの力で機械的な動作をするアクチュエーター部分を含め、ロボット全体を軟らかくすることができれば、安全性と安心感が高まり、近未来に想定されている人間とロボットとの共生、協働の実現性も大きく高まることになる。具体的に想定されている生活支援や介護支援などの可能性が開けてくるのは確実だ。そのカギを握るソフトロボティクス研究の特徴的なことは工学、材料、生物、化学など幅広い学問分野からのアプローチが必要なことだ。それだけに研究者は特定の分野に特化し、分担して研究を進めざるを得ないという側面もある。これに対し新竹助教はアクチュエーターや材料、センサーなど総合的な視点からソフトロボティクスの研究に取り組む一人だ。電通大大学院修了後、ソフトロボティクス研究が盛んなスイス連邦工科大学ローザンヌ校(博士課程)で学び、水中を泳ぐ魚ロボットや食べられるロボットなどユニークなロボットを生み出している。

やわらかいロボットを実現するうえでポイントとなる技術の一つが、誘電エラストマーアクチュエーターだ。エラストマーとはゴムのようにやわらかい高分子材料のこと。これと伸縮性のある電極を組み合わせ、電極に電圧を加えることでエラストマーが伸張し、これを物体を動かす力として利用しようというもの。電気的刺激を加えることで駆動する人工筋肉と例えることもできる。

この原理を使って開発したのが水中を泳ぐ魚ロボットだ。2枚の誘電エラストマーアクチュエーターをうまく制御することで、魚と同じような泳ぎを実現した。ボディーの素材には魚の体に近いシリコーンを用い、頭や胴体、尾ひれなどの形状も魚と似せている。流れの振動現象の周波数を表す値であるストローハル数は魚類とほぼ一致しており、水中でも魚と同じように滑らかな泳ぎができることを確認済みだ。電圧のオンオフを周期的に繰り返して刺激を与えると、それだけで魚全体をうねらせるようにして泳いでいくのだという。この原理を発展させ、「エイのように水中から空中に勢いよくジャンプするロボット開発にも挑んでみたい」と新竹助教は夢を膨らませる。

魚ロボット開発の原点にあるのは、子供のときに魅了された、全身がやわらかい魚が生み出す躍動的な動きだ。先進技術を駆使して、その再現に一歩近づいたとの言い方ができそうだ。実用化されれば社会的な貢献度も高い。例えばタンカーの原油流出事故の際には、この魚ロボットを特定海域に泳がせ、原油の汚染状況をモニタリングする使い方などが考えられている。魚ロボットに関しては魚の背骨のように硬い部材と組み合わせた複合システムの開発にも取り組む方針だ。

根底にある
地球環境問題への貢献

新竹助教がこうしたソフトロボティクスの研究で常に念頭に置いているのは、地球環境問題への貢献だ。その延長線上の一つとして、誘電エラストマーを使ったやわらかいセンサーの開発実績もある。2枚の電極の静電容量の変化から多くのことが調べられるという様々なことに利用できるセンサーだ。指に貼り付ければウエアラブルセンサーとして指の曲がり具合を判別できるし、やわらかいサンゴの表面に貼って潮の流れをセンシングし、効率的な漁業を実現するなどの使い方もある。やわらかいという特性を生かし、環境保全に向けた自然界での各種調査に威力を発揮するとも期待されている。

画期的なアイデアという点では、使った後に人間が食べることができる可食ロボットの開発にも取り組んだ。生活を手助けするロボットなど便利な機械が社会に溢れることは、人間の生活を豊かにする半面で、地球には廃棄に際しての環境負荷がかかることになる。そこで使い終わったら環境が分解する、または人間が食べて消化しまえばこの問題を解消できるのではないかというのが発想の原点にある。ロボットとしての機能を果たしつつ食べられる材料を探した結果、ゼラチンがシリコーンと似た特性をもつことが判明。そこで可食材料であるゼラチンを使った誘電エラストマーを3Dプリンターで製作し、空気圧で駆動する可食ロボットのアクチュエーターを完成させた。シリコーン製空気式アクチュエーターと比べても性能が同等であることも分かっている。

 
   

新竹助教は「ロボットを物資の運搬などに使った後に食べられるとしたら、ロボットが複数の機能を持つことを意味する。同時に廃棄による環境負荷をかけることもない」と可食ロボットの意義を説く。当面、有望視されるのは食品工場での利用だ。自動化が進む食品製造の主役は各種の加工機械。極めて稀なケースとはいえ、機械の金属片などが製品に紛れ込むこともある。その場合、食品メーカーは全量回収の対応を迫られることも生じる。可食ロボットならこうした食品事故のリスクを低減できると見込まれる。このため引き続き食品業界とも連携し、食品工場に適した可食ロボットの実用化を目指した研究を進めていく方針だ。

文部科学大臣賞に輝く

これらの例をみただけでも、ソフトロボティクスが社会に及ぼす影響は大きく、一方で社会の側の期待感も高いことが窺える。こうした研究への取り組みが評価され、新竹助教は令和2年度の文部科学大臣表彰若手科学者賞(科学技術分野)を受賞した。受賞理由として、アクチュエーターなどに新たな機能を付加し、その技術の確立を図っていることなどが挙げられている。例えば魚ロボットの泳ぐ力を生み出す誘電エラストマーアクチュエーターは電圧をかけると動くが、物体を掴むほどの力は持っていない。しかし、このアクチュエーターに静電気の力を取り込み、物体を掴むことができるロボットハンド(ソフトグリッパー)を開発した。

電場応答性高分子の一種である誘電エラストマーアクチュエーターを使い、上下方向に加えて平面方向にも電位差を与えることで物体を吸い付けながら同時に摩擦力によって重い物でも持てるようにしたものだ。また、空気などの流体を送り込む小型で伸縮性のあるポンプの開発に共同で取り組んだことも評価された。このポンプは重量が1グラム程度と軽いうえ、かさばる従来のポンプから置き替えることができる画期的なものだ。内部には直径1ミリメートルの流路と電極の列が設けられている。流路は誘電性の液体で満たされており、これに電圧が加えられると電子が電極から飛び出して誘電性液体を構成する分子に電荷を付与。帯電した分子は他の電極に引き付けられ、流路内の他の液体を流す仕組みだ。通常の硬いポンプはソフトロボティクスに適用できず、ネックになっていたのが実情。ソフトロボティクスの進展を促す要素技術として今後も用途開発が本格的に進むとみられる。

ロボットが社会のなかで大きな枠割を果たしていくのは間違いない。新竹助教らソフトロボティクス研究者の努力によって、人にやさしい、やわらかいロボットが普及し、ロボットに親近感が持てる時代がそう遠くない時期に到来しそうだ。

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