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研究者情報:研究・産学連携

研究室紹介OPAL-RING
西野(順) 研究室

「精密」ではなく、「正確」な判断を導く多次元ファジィ

所属 大学院情報理工学研究科
情報・ネットワーク工学専攻
メンバー 西野 順二 助教
所属学会 日本知能情報ファジィ学会、情報処理学会
研究室HP http://www.fs.se.uec.ac.jp/~nishino/
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掲載情報は2017年3月現在

西野 順二 Junji NISHINO
キーワード

ファジィ、ファジィ理論、ファジィ制御、ファジィ集合、ロボカップ、サッカー、大貧民、トランプ、R言語、制御理論、現代制御理論、最適制御理論、AI、ミニ四駆AI

「ファジィ(曖昧な)」という言葉を聞くと、今では懐かしいと感じる人が多いかもしれません。人間の思考や行動にある「曖昧さ」を取り入れたファジィ技術は、1960年代に登場し、80年代後半には地下鉄やエレベーターの運転制御などに応用されました。90年代になると、「ファジィ家電」のブームに火がつき、絶妙な火加減で炊きあげるファジィ炊飯器や、洗濯物の量や汚れの度合いから洗濯時間を決めるファジィ洗濯機などが発売されて話題を集めました。

AIブームが追い風

その後、ファジィという言葉はあまり耳にしなくなりましたが、技術自体が廃れたわけではありません。経済産業省の情報処理推進機構(IPA)認定の“天才プログラマー”の称号を持つ西野順二助教は、ファジィ一筋に25年以上も研究を続けてきました。さまざまな問題を大局的かつ正確にとらえ、人間のように柔軟にモノを考えられる機械は、むしろこれからより必要とされるでしょう。昨今の人工知能(AI)ブームで改めて見直されていますが、もともとファジィは古くからAIの一翼を担う技術だったのです。
ファジィ理論の本質は、「精密にはとらえきれない実世界を、より正確にモデル化すること」だと西野助教は考えています。最近では、世の中のさまざまな事象の数理的な解析が進み、コンピュータの計算能力が飛躍的に向上したこともあって、それまで困難だった問題が数理モデルに置き換えられ解けるようになりました。

飛行機と鳥

 

しかし、我々の住む世界すべてを、このような精密な数式で表すことは到底不可能です。複雑な要素が絡み合う現実の世界を忠実に表現しようとすれば、必ずある程度の「曖昧さ」を含むでしょう。その曖昧さを取り除かずに、きちんと考慮して表すことこそが「正確」だと言えるわけです。そこで、ファジィ理論が威力を発揮するのです。
空を飛ぶ「飛行機」と「鳥」の違いを例に挙げて考えてみましょう。近年、囲碁や将棋で人間に勝つAIが注目されていますが、これは「ある問題を解くための知能を実現する」という目的で開発されました。言ってみれば、これは空を飛ぶ知能、すなわち飛行機を開発することに似ています。それに対して、「鳥の羽ばたきを再現しようとする」のがファジィ技術であり、人の行為をまねする知能の実現がその目的です。「空を飛ぶ知能を作る」という同じ目標を掲げていても、そのアプローチは全く異なるのです。

多次元の『このへんファジィ』

 

西野助教が進めているのは、日本唯一ともいえる「多次元ファジィ」の研究です。従来のファジィ研究は、1次元(1変数)のファジィ集合だけを扱っていました。そこで例えば、「暑い」という感覚的で曖昧な状況をコンピュータに判断させるために、「温度」だけでなく、「湿度」や「風速」など複数の次元を入力して求めようとするのが多次元ファジィの考え方です。この多次元ファジィによる制御手法を、西野助教は『このへんファジィ』と名付けています。
多次元ファジィの応用として、真っ先に考えられるのがロボットです。ヒューマノイドロボットは多変数システムの代表であり、「ロボットが転ばないギリギリの領域(ファジィ集合)」で動かすといったように、多次元ファジィを有効的に利用できます。

ミニ四駆AIが応用を開く

ミニ四駆AI

また、西野助教は“世界一安いロボット”の実現を目指し、動力付き自動車模型「ミニ四駆」にAIを載せた小型で高速な四輪ロボットを開発しました。市販の安いプロセッサーを使って1000円程度でロボットを作り、多少の不具合があっても、AIで学習させることでうまく制御します。ファジィ理論を使ったこうした操縦技術は、将来、自動運転車などにも活用できるかもしれません。

2017年開催の「ミニ四駆AI大会」の様子

最近では、企業とミニ四駆向けの専用コンピューターボードを開発しました。ロボットの“知能”に当たるこのボードをミニ四駆に搭載すれば、誰でも「ミニ四駆AI」を走らせることができます。時速20キロメートルで走るミニ四駆は、実寸大の車で言えば、時速300キロメートルの速さに相当します。高速に移動し、かつ壁などに激突しても壊れない「過酷な環境」で、自律的に動く安価で賢い小型ロボットが実現すれば、将来、衣服や靴など身近なところにAIを導入する上で必ず役立つでしょう。
スピードやブレーキのかけ方、カーブを曲がる技術など、ミニ四駆AIは1台1台、異なる個性を持っています。AIには、こうした個体差を吸収して均一にする役目を与えるのではなく、個性を伸ばす学習を行わせるのだそうです。西野助教は、「今後はこれまでの画一的な大量生産から、AIを駆使したモノの“個性化”へとニーズがシフトしていくだろう」とみています。

ファジィとは“人間らしさ”

そのほか、ロボットによるサッカーの競技会「ロボカップ」に向けたチーム編成(46次元ファジィを採用)や、「覚醒度」や「緊張度」によって選手の心理状態を推測した上で、野球観戦を楽しむ心理戦の情報提示システムなどを開発しています。また、技能の伝承に向けて、弓道の技をファジィ集合で表して、総合的な知識を獲得する研究にも取り組んでいます。
多彩なゲームにも応用できます。トランプのゲーム「大だい貧ひん民みん」において、他人の手に依存せず、最短で手札をさばける最善の手順をファジィ理論によって割り出しました。対戦相手の強さを自動で認識し、それに合わせて適度に負けてくれる「“接待”ぷよぷよ」なども考案しています。人間と同様の「やわらかい」情報処理を行うファジィ理論を採用することで、機械をより賢くすることが可能になったのです。
ファジィとは、“人間らしさ”と言い換えてもよいかもしれません。人間が曖昧である以上、機械が人間に近づくためには、ファジィを使いこなす必要があります。あらゆるモノにAIが搭載される将来に向けて、西野助教は「ファジィ技術はすべての産業にとって、これまで以上に有用になるかもしれない」と考えています。
また、最近ではAIの専門家として、哲学や法律、経済学の専門家と「AIを搭載した自律機械」が起こした問題の責任について考える国家プロジェクト研究を進めています。日本の歴史的、文化的背景からAIを社会的に位置づけた上で、例えば、自動運転車の事故や、AIが作曲した曲の盗作といった問題が起きた際に、人間が納得する責任追及のあり方を模索するものです。そこでは、「人間とは何か」という哲学的な考察をも必要としています。

【取材・文=藤木信穂】

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