2024.11.19
津田卓雄准教授(情報・ネットワーク工学専攻/宇宙・電磁環境研究センター)と、国立極地研究所、東北大学および産業技術総合研究所の研究グループは、2023年2月26日世界共通時19時頃に発生した磁気嵐によって、地球大気の最上部(高度500km付近)に存在するヘリウムが急激に減少する現象を世界で初めて観測しました。この現象は、スバールバル諸島ロングイヤービン(北緯78度)に設置された光学機器と大型レーダーの同時観測により明らかになり、磁気嵐発生後わずか1時間以内にヘリウムの減少が観測され、その後数日程度減少は継続しました。この観測結果は、磁気嵐の影響が地球大気の内部で「下から上」へと伝搬し、地球大気の外縁部で人工衛星や国際宇宙ステーションが飛翔する高度に予想以上の速さで到達したことを示し、社会インフラを支える「宇宙天気」の予報精度の改善や予測高度範囲の拡張に貢献すると考えられます。
地球大気の高度300km-500kmの領域は上部熱圏と呼ばれ、宇宙空間との最上部の境界に位置するため、太陽活動の影響が著しい領域です。しかし、地上からのリモートセンシング手段が限られ、特に極域は磁気嵐の影響が大きいにも関わらず定常的な観測は全く行われていませんでした。そのため、時間的に連続した観測によって、上部熱圏がどのような時間・空間のスケールで変動するのか、その特徴や物理プロセスを把握する必要性があります。
そこで、本研究は上部熱圏の観測ターゲットとして高度500kmを中心に存在する準安定ヘリウムに注目し(以下、ヘリウム)、波長1083nmのヘリウム発光に感度を持つ最新のInGaAs検出器を利用した観測機器を開発し、北極に位置するスバールバル諸島のロングイヤービン(北緯78度)での定常観測を開始しました。2023年2月26日の中規模の磁気嵐発生後に、わずか1時間以内でヘリウムの減少が確認され、また、近接する大型レーダー、European Incoherent Scatter Svalbard Radarは、磁気嵐の発達に伴い高度100km-120kmで強い大気加熱が発生したこと、および、加熱された窒素分子が少なくとも高度300kmまで上昇したことを示しました。さらに窒素分子は高度500 km付近まで上昇し、窒素分子とヘリウムとの衝突・エネルギー交換により、ヘリウムが減少する反応を促進させたと考えられます(図1)。
今回の観測結果は宇宙空間から地球大気へ「上から下」に伝わった磁気嵐の影響が、異なる形で「下から上」へと再び伝搬し、地球大気の外縁部高度500 kmまで予想以上の速さで到達したことを示唆します。上部熱圏は、2022年2月に打ち上げ直後のStarlink衛星のうち38機が磁気嵐の影響で軌道投入に失敗しロストするなど、低軌道衛星の運用に非常に重要な領域です。したがって、上部熱圏の変動プロセスの理解は、社会インフラを支える「宇宙天気予報」の精度の改善や予測高度範囲の拡張に貢献すると考えられます。
今回の観測事例では、窒素分子が高度500 kmまで上昇したことが示唆されますが、詳細な窒素分子の加熱プロセスや、ヘリウムとの反応量は数値モデルによる検証が必要です。また、準安定性ヘリウムは火星や系外惑星の大気観測でも重要なターゲットであり、惑星観測・探査とも協力しながらリモートセンシング技術の向上(ヘリウムの温度や速度の導出など)を進めます。なお、本研究結果の詳細については、2024年11月24日(日)に東京都立川市で行われる「地球電磁気・地球惑星圏学会 第156回総会および講演会」で発表される予定です。
詳細は以下のPDFにてご確認ください。