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【ニュースリリース】逆流のダンス!極限環境微生物の新しい生存戦略を解明

2025.08.06

ポイント
  • 高温かつ激流という過酷な環境で、細菌が生き抜く姿を顕微鏡下で撮影することに成功
  • この細菌は表面や足場に付着して、そのまま水流に逆らって長距離移動をしていた
  • このとき、細菌はストリートダンサーのように踊る!
    すなわち、表面にくっついて、垂直に立ち上がり、体をはためかせる
    これは、水の流れという物理的な力を感知するために必要な "逆流のダンス" である
  • 逆流のダンスは、高温で生育する細菌で「一般的」であることを発見
    温泉環境や産業用パイプなど、流れの速い環境での微生物動態解明に期待

上記QRコード、または以下のURLから「水流に逆らって動く細菌」の動画をご覧になれます。

概要

中根大介准教授(基盤理工学専攻)らは、東京薬科大学生命科学部の玉腰雅忠教授・森河良太教授との共同研究で、温泉に生育する細菌が水流に逆らって上流へと移動することを発見しました。実験室に環境を模倣して顕微鏡で観察すると、細菌がまるでストリートダンサーのように、足場となる固体表面で垂直に立ち上がり、垂直のまま動いていました。垂直になると、水流の向きという物理刺激を細菌が感知しやすくなります。この"逆流のダンス"は、温泉に生息する多数の細菌で一般的であることを見出しました。流れに逆らうことで、自身の生育に適した生育環境に到達および滞在を可能にします。本研究により、高温かつ激流という極限環境における生命の適応・生存戦略が明らかになりました。この成果は、温泉環境や産業用のパイプなどの速い水流環境における微生物動態の解明につながると期待されます。

手法

本研究では、温泉噴出孔という特殊な環境を実験室で再現するため、70℃に保たれた水流を発生させるシステムを構築しました。それを光学顕微鏡に設置して、単一の細菌の動きを動画として撮影し、その行動を詳細に解析しました。また、この運動のモーターとして機能する2つのタンパク質 PilT1/PilT2 を単独・二重欠損させた変異株の動態を計測することで、分子機構を解明しました。この分子機構は、数理モデルに基づくシミュレーションでも確認をしました。

成果

一般的な細菌は、べん毛をつかって水中を遊泳しますが、本研究で注目する細菌はべん毛を持たないため「泳げない」ことが知られています。そのため、速い流れの中で耐えることはできないと予測されます。しかし、実際にはこの細菌は流されることなく、表面に付着することで水流環境にとどまっていました。それだけでなく、上流に向かって、流れに逆らうように移動をしており、その距離はわずか30分間で1mm以上にも到達しました。これはヒトのスケールに換算すると、30分で約1km 歩くのに相当します。
では、どのように水流の向きを感知しているのでしょうか?まわりに栄養分があるときには細菌は横になって固体表面に付着していました。ところが、栄養分のない条件にすると、まるでストリートダンサーのように、細菌は自身の先端を表面に付着させて、垂直に立ち上がり、立ち上がったままはためくような動作を示しました。この"ダンス"は、水流の向きを感知するために必要不可欠で、立ち上がると速い流れを受けて棒状の細菌が傾き、これにより運動装置のある細胞極が水流と対向するように配置することで、上流に向かった一方向の動きが可能になります。温泉環境で生きる細菌は、従来のように「泳いで化学物質を嗅ぎ分ける」のではなく、「這いつくばって物理刺激を感じ取る」ことで、泳ぐ細菌が生存できないニッチな環境で、有利に生き抜くことができるのだと考えられます。
"逆流のダンス"は、本研究で注目したサーマス・サーモフィラスと近縁な細菌において、かなり一般的であることも見出しました。系統的に近縁な15種の細菌で同様の解析を行ったところ、高温環境で生育する細菌はいずれも棒状のかたちをしており、垂直に立ち上がって、多くが流れに逆らう動きを示しました。一方、常温環境で生育する細菌はいずれも丸いかたちをしており、流れに逆らう応答を示しませんでした。つまり、細長いかたちが水流を感じるために有利にはたらいている可能性があります。

今後の期待

今回発見した「細菌が這いつくばって物理刺激を感じ取る仕組み」は、極限環境のみならず、多彩な環境における細菌の生存戦略として注目されます。この知見は、高温・高速の流れといった過酷な条件下での微生物の挙動を理解する手がかりとなり、産業や環境といった分野への応用が期待されます。例えば、バイオリアクターや反応器での、微生物の効率的な回収、工業配管や上下水道管におけるバイオフィルム形成の制御、さらには温泉地や火山地帯での微生物生態のモニタリング技術への展開が考えられます。将来的には、極限環境微生物が持つ独自の移動戦略を利用したバイオセンサーや環境修復技術への開発につながる可能性も秘めています。
本研究論文の筆頭著者である上村直輝さん(基盤理工学専攻博士後期2年)は、「今回明らかになった"逆流のダンス"を、マイクロロボットに応用することで、水流を利用したナビゲーションが可能になるかもしれません」と述べています。

(論文情報)

掲載誌:The ISME Journal
タイトル:Rapid water flow triggers long-distance positive rheotaxis for thermophilic bacteria
著者:Naoki A. Uemura, Naoya Chiba, Ryota Morikawa, Masatada Tamakoshi, Daisuke Nakane
論文URLhttps://doi.org/10.1093/ismejo/wraf164
DOI:10.1093/ismejo/wraf164
公表日:2025年8月1日(金)

(外部資金情報)

本研究は、JSPS 科研費(22H05066, 24KJ1131)の支援を受けたものです。

詳細はPDFでご確認ください。

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