2025.09.24
池田暁彦准教授(基盤理工学専攻)らの研究グループは、物質の磁場応答を新しい視点から調べることができる「ベクトルパルスマグネット」を発明し、その成果が2025年9月23日(日本時間)付でアメリカの学術誌 「Applied Physics Letters 」に掲載されました。
近年、トポロジカル物質や交代磁性体といった新しい概念が相次いで提案され、物質の磁性や電子状態を理解する上で「異方性(方向によって性質が異なること)」の研究が重要になっています。特に、磁性体に限らず非磁性体においても磁場に対する異方的な応答が注目されており、磁場の向きを自在に制御することの必要性が高まっています。磁場を利用した研究では、磁場ベクトルの方向、物質の結晶方向、そして物質が示す応答の方向という3つのベクトルを同時に制御して観測する必要があります。こうした探索は非常に広大なパラメータ空間を持ち、網羅的な研究は困難でした。
これまでは、大型の超伝導マグネットを利用し、試料を回転させたり、ベクトルマグネットを使ったりする研究が行われていました。これらの方法は限定的なパラメータ空間を高精度に調べることが得意であるものの、広いパラメータを網羅的に研究することは困難でした。そのため、まず理論的に実験パラメータ空間を絞り込むことが重要な手段となっており、広大なパラメータ空間を探索的に実験で調べることは困難な課題として残されていました。
池田准教授らの研究グループは、パルスマグネットを2台組み合わせ、互いに直交する磁場を同時に発生させることに成功しました(図1左)。この装置を「ベクトルパルスマグネット」と呼びます。研究グループでは2つのパルス磁場のタイミングを精密に制御することを着想し、6テスラの磁場を1/1000秒の間に90度回転させる、回転パルス磁場の発生に成功しました(図1中央、右)。
この仕組みを活用することで、試料を回転させる作業を含めても、わずか1時間で物質の全立体角(4πステラジアン)に対する磁場応答データを取得することに成功しました(図2)。得られたデータを解析することで、物質が示す磁場応答の対称性を3次元的に「可視化」することができます。
実際に、グラファイトという2次元性を持つ物質に磁場をかけて電気抵抗の変化を測定したところ、電子状態の3次元空間に2次元的な性質を明瞭に可視化することに成功しました(図2)。従来に比べ、高速かつ効率的に物質の対称性を探索できる新しい手法として大きな意義を持ちます。
本研究で開発したベクトルパルスマグネットは、トポロジカル物質や交代磁性体の電磁応答・光学応答や磁歪といった幅広い異方性を明らかにする手段となります。これにより、磁場の方向に敏感なスイッチやメモリ、センサなどの機能を持つ材料を探索するためのフィールドなどへ今後の研究展開が期待されます。
雑誌名:Applied Physics Letters Volume 127, Issue 12, 122403 (2025)
DOI :10.1063/5.0284842
タイトル:Vector pulse magnet
著者:K. Noda, K. Seki, D. Bhoi, K. Matsubayashi, K. Akiba, A. Ikeda(*)
(*)責任著者
科研費 学術変革領域(A):「1000テスラ科学」 23H04859, 23H04861, 23H04862
科研費 基盤研究(B):23H01121
科学技術振興機構(JST):創発的研究支援事業 JPMJFR222W
「新世代量子ビームによる超100テスラ量子物性の解明」
文科省卓越研究員事業:JP-MXS0320210021
詳細はPDFでご確認ください。