2025.12.23
菅哲朗教授(機械知能システム学専攻)と慶應義塾大学理工学部機械工学科の松田涼佑訪問研究員および尾上弘晃教授らは共同で、砂糖・スターチペーパー・金薄膜といった可食材料のみを用いて、等方的な電磁波特性を持つ特殊なメタマテリアルを開発しました。
消化器疾患の早期発見や疾病予防、治療のための新たな医療機器として、経口摂取し体内を計測可能な小型センサデバイスの必要性は年々高まっています。バッテリー等を必要としないパッシブ型電磁共振器(電磁メタマテリアル)の利用が近年報告されていますが、センサは体内で様々な方向に回転するため、どの方向からでも等しく電磁波を反射する必要がありました。
本技術では、等方性電磁メタマテリアルを薬剤カプセルに封入することで、飲み込んだカプセルが体内でどのような向き(姿勢)になっても、安定して電磁波を反射し、信号を体外に伝達することが可能となります。また、センサは可食材料のみで構成されており、使用後は体内で消化・排出されるため消化器へ滞留する心配がありません。この飲み込み型センサは将来的に胃や腸などの消化管の簡易検査に利用できることが期待されます。
本研究の成果は、2025年11月29日(土)にAdvanced Materials Technologies誌にオンライン公開されました。
消化器疾患の早期発見や疾病予防、治療のための新たな医療機器として経口摂取し体内を移動可能な小型デバイスの研究が進められており、これまでにも臓器の内部画像を取得するワイヤレスカプセル内視鏡などが開発されていました(図1a)。しかし、このようなデバイスはプラスチックや金属、シリコンといった難消化性の物質を多く含んでおり、最終的には体外へ排出される必要があります。そのため、消化管のトラブルによって体内に滞留した場合、開腹などの大規模な施術が必要となるリスクがありました。これを解決するため、近年では体内で消化できる材料のみを用いた可食センサの開発が進められています(図1b)。ゼラチンやライスペーパーといった消化可能な材料で作製されたセンサは体外へ排出する必要がなく、特定の電磁波を反射することでワイヤレスな情報送信を可能としています。一方で、従来の可食センサは、一方向からの電磁波のみしか反射することができませんでした(図1c)。センサは体内でさまざまな方向に回転するため、どのような姿勢、回転角度にあっても等しく電磁波を反射することができるセンサが求められていました。そこで本研究では可食材料のみを用いて特殊な立体基板を作製し、回転姿勢下でも電磁波の反射特性が変化しない、電磁メタマテリアルセンサを開発しました。
本研究では砂糖を立方体形状に成形し、その表面にスターチペーパー基板および金電極を作製することで、立方体の六面に電極が搭載された可食電磁メタマテリアルを作製しました(図2a)。この電磁メタマテリアルは体内で消化・分解されるため、体内での滞留のリスクは極めて低くなっています。また、この電磁メタマテリアルに特定周波数の電磁波を照射した際、どのような回転条件下でも同等の反射特性を示しました(図2b)。これは経口摂取された後に体内で回転することで様々な姿勢をとったとしても、その影響を受けずに安定して情報を伝達できる可能性を示しています。
さらに、消化管の状態の検知への応用を想定し、薬剤カプセルに電磁メタマテリアルを封入した可食カプセルセンサを作製しました。そのセンサを経口摂取された場合を模倣して、胃酸および腸液の模擬試薬に浸漬することで消化試験を行いました。薬剤カプセル表面には胃酸で溶けず腸液で溶ける特殊なコーティングを施し、内部に電磁メタマテリアルが収められています(図2c)。このセンサを胃酸を模した試薬に浸漬したのち電磁波特性を計測したところ、浸漬前と変わらず電磁波の共振が認められました(図2d)。一方、腸液を模した液体に浸漬したのち同様の計測を行ったところ、センサは全て溶解して電磁波の共振が消失したことがわかりました(図2e)。これらの結果から、センサを封入するカプセルに施すコーティング剤を適宜選択することで、センサが消化管のどの部位で溶解したかをワイヤレスに検知することができます。
本研究では、可食材料のみで構成した電磁メタマテリアルを用いて、センサが体内で多方向へ回転するという制御困難な事象に影響されない無線情報送信が可能であることを明らかにしました。今後は薬剤カプセルの材料を最適化し、特定のバイオマーカーにのみ反応して崩壊するカプセルとすることで、体内の状態をより選択的に計測できるセンサへの発展が見込まれます。さらにカプセルセンサが体内のどこにあるかを検出する機能を導入することで、体内の具体的な状況をワイヤレスかつ非侵襲で検出可能なセンシングシステムの実現を目指します。
著者:Ryosuke Matsuda, Kentaro Tomita, Shion Miura, Michiyuki Satoh, Tetsuo Kan, Hiroaki Onoe
題名:Food-based edible wireless sensing device with isotropic electromagnetic response for gastrointestinal monitoring
掲載誌:Advanced Materials Technologies
DOI:https://doi.org/10.1002/admt.202501603
謝辞:本研究成果は、JST 研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)産学共同 JPMJTR24U4の支援を受けたものです。
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