2026.09.02
上村直輝氏(基盤理工学専攻博士後期3年)、中根大介准教授(基盤理工学専攻)が参加する、国立感染症研究所細菌第一部の小髙優人協力研究員(東京都立大学大学院理学研究科生命科学専攻博士後期課程学生)、伊豫田淳室長、東京慈恵会医科大学総合医科学研究センターの岩瀬忠行教授らの共同研究チームは一部の非定型な腸管出血性大腸菌が示す鎖状接着表現型が、流れに応答した効率的な定着、拡散戦略であることを明らかにしました。
腸管出血性大腸菌は世界中で深刻な食中毒を引き起こす細菌です。近年、臨床分離株として非定型な腸管出血性大腸菌の分離が世界的に急増しており、その感染メカニズムの解明が進められています。本研究では鎖状接着表現型と呼ばれる、菌体が鎖状に連なりながら宿主細胞へ接着する表現型に着目し、その意義や遺伝子の機能解析を行いました。その結果、鎖状接着表現型は流れの中でも定着を維持しながら自身のクローンを下流へと効率的に拡散する生存戦略であることが示唆されました。さらに、鎖状接着表現型を引き起こす遺伝子として新規の接着因子ファミリーClaを発見しました。この研究により、非定型な腸管出血性大腸菌の感染メカニズムの理解が深まり、検査・診断や治療標的分子の発見につながると考えられます。
血清群O157やO26に代表される腸管出血性大腸菌(Enterohemorrhagic Escherichia coli)は世界中で深刻な食中毒を引き起こす公衆衛生上重要な病原体です。国内では年間3,000件から4,000件を超える感染例が報告されています。主な症状としては腹痛や下痢、血便ですが、溶血性尿毒症症候群(HUS)、脳症を併発して死に至る例もあります。多くの腸管出血性大腸菌はLEE遺伝子群にコードされた接着因子インチミンによって腸管上皮細胞へ強固に接着します。一方で、LEE遺伝子群を持たない腸管出血性大腸菌も多く分離されており、近年ではこのような非定型腸管出血性大腸菌の分離が急増しています。
非定型腸管出血性大腸菌の代表的な血清群であるO91は、国内で4番目に検出数の多い血清群であり、一部は菌体が鎖状に連なりながら宿主細胞へ接着する「鎖状接着表現型」を示します。これまで、鎖状接着表現型に必須な遺伝子として免疫グロブリン結合タンパク質EibGが同定されていましたが、鎖状接着表現型の意義、eibG遺伝子の分布や保存性については明らかになっていませんでした。そこで本研究では、鎖状接着表現型の適応的意義の解明に加え、eibG遺伝子の分布や多様性を遺伝学、顕微鏡観察、ゲノム解析などの多面的な解析から明らかにしました。
環境中や腸管内では、細菌は絶えず流れにさらされます。そこで本研究では、顕微鏡下で流れをかけながら細菌を観察する実験系を構築しました。この系でO91臨床分離株を観察したところ、穏やかな流れでは鎖を伸ばして増殖する一方で、激しい流れを与えると鎖が途中で切断され、一部はその場にとどまりつつも、一部は下流へと流されていく現象が観察されました(図1)。単独の菌体は流れによって容易に除去されますが、鎖状になった菌体は定着を維持しながらもクローンを下流へと送り出すことができます。切断と分散が流れという自然環境下でのストレスを逆手に取り効率的に定着と拡散を両立させる巧みな生存戦略の一端である可能性が示唆されました。
さらに本研究では、国内臨床分離株の大規模なゲノム解析から鎖状接着表現型を駆動するeibG遺伝子の進化的な背景を詳しく調べました。そのアミノ酸配列や立体構造には予想以上の配列多様性が存在することが明らかになり、既知のEibファミリーには属さない新たな接着因子ファミリーClaを見出しました(図2)。Claは鎖状接着表現型を駆動する一方で、Eibファミリーの特徴である免疫グロブリンへの結合を示しませんでした。つまり、Claは「鎖状になって接着する」という機能は維持しながらも、EibGとは異なる性質を持っていることがわかりました。これは、大腸菌が様々な環境や宿主内でのストレスに適応する過程で、この遺伝子を柔軟に進化させてきたことを示唆しています。
最後に、新規接着因子Claの疫学的重要性とEibGの病原性への寄与を解析しました。英国で実施されている腸管出血性大腸菌サーベイランスデータに登録されている1,354の非定型株ゲノムを再解析したところ、英国で流行している非定型株において既知のeibG遺伝子は1%未満の保有率なのに対し、claB遺伝子は95%以上の株が保有していることを明らかにしました。この結果は、新規接着因子ファミリーClaの疫学上の重要性を示唆するものです。さらに、マウス感染モデルによってeibG欠失変異株ではマウスへの病原性が有意に低下することを示しました。
本研究は近年分離が急増している非定型腸管出血性大腸菌の感染メカニズムの一端を明らかにし、感染戦略の理解に大きく貢献するものと考えられます。これらの知見は、将来的に非定型腸管出血性大腸菌の感染メカニズムのさらなる理解や、検査・診断、治療薬ワクチン標的分子の発見の基盤となることが期待されます。
雑誌名:Nature Communications
題名:Trimeric autotransporter adhesins driving chain-like adhesion diversify surface colonization strategies in Shiga toxin-producing Escherichia coli
著者名:Yuto Kotaka*, Naoki A Uemura, Tadayuki Iwase, Kenichi Lee, Nozomi Ishijima, Daisuke Nakane, Hirotaka Kobayashi, Michiyo Kataoka, Yukihiro Akeda, Sunao Iyoda
*責任著者
DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-026-76304-x
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-026-76304-x
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)国家戦略分野の若手研究者及び博士後期課程学生の育成事業(博士後期課程学生支援)JPMJBS2419、東京都立大学みやこMIRAIプロジェクト、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)25fk0108702h0002、22fk0108611j0002、JSPS科研費JP25K22566、JP24K02282、JP24KJ1131、26K1664、厚生労働省厚生労働科学研究費補助金26KA1005、JPMH 23KA1005、JST創発的研究支援事業JPMJFR2411の支援を受けて実施されました。
詳細はPDFでご確認ください。