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【ニュースリリース】70年前に提唱されたAnderson条件に整合するボンド秩序を高圧下で発見

2026.10.27

発表のポイント

  • 約70年前、P. W. Andersonは磁鉄鉱(Fe3O4)の基底状態を考える中で、四面体ごとにFe2+とFe3+が2個ずつ並ぶ規則を提案しました。しかし、この理想的な秩序パターンがそのまま結晶全体に並んだ例は、長く見つかっていませんでした。
  • 本研究では、CuIr2S4の高圧構造で、この2対2の規則に対応する並びが、電荷そのものではなく短いIr-Ir結合の配置(ボンド秩序)として現れることを発見しました。
  • CuIr2S4では、さらに高い圧力で金属化し、超伝導転移温度が18.2 Kに達することが報告されています。これはスピネル化合物として最高値です。今回決定した構造は、高圧下で生じる超伝導の母体を理解するための基盤になります。
  • LiV2O4をはじめ、高圧下で秩序化して絶縁体となるパイロクロア格子物質は数多くあります。X線回折と第一原理計算を行き来する今回の手順は、こうした物質群の構造解析に広く利用できる汎用的な方法です。

研究背景

松林和幸教授(基盤理工学専攻)が参加する、岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域の片山尚幸教授、名古屋大学大学院工学研究科博士後期課程の江見方敏大学院生(研究指導委託学生として岡山大学に受入れ)、北里大学理学部物理学科の杉本高大講師らの共同研究グループは、スピネル化合物CuIr2S4を高圧下で調べ、約70年前にP. W. Andersonが磁鉄鉱(Fe3O4)の基底状態について提案した「四面体ごとにFe2+とFe3+が2個ずつ並ぶ」規則に対応する秩序を、短いIr-Ir結合の周期配列(ボンド秩序)として発見しました。放射光X線回折で構造の骨格を絞り、第一原理計算で原子配列を整え、再び回折データで検証することにより、全原子の位置を決定しました。その結果、各四面体で「短い結合に関わる原子」と「関わらない原子」が2対2に並ぶことが分かりました。今回決定した構造は、さらに高い圧力で現れる超伝導の母体を理解する基盤になります。LiV2O4(リチウムバナジウム酸化物)をはじめ、パイロクロア格子をもつ物質には、高圧下で秩序化し絶縁体となるものが数多くあります。今回の手順は、こうした物質群の複雑な高圧構造に広く適用できる汎用的な解析法です。

研究者からのひとこと

高圧実験は制限が多く、原子の並びを実験で決めることが難しい場合があります。今回は、放射光実験で候補を絞り、計算で構造を整え、もう一度実験に戻って確かめることで、目に見えない結合のパターンを突き止めました。この方法を、他の高圧物質の研究にも広げたいと考えています。

片山教授

発表内容:現状

CuIr2S4は、銅(Cu)、イリジウム(Ir)、硫黄(S)からなるスピネル型化合物です。Ir原子は、頂点を共有する四面体が三次元的につながったパイロクロア格子を形成します。この格子では、すべての原子間相互作用を同時に満たすことが難しく、複数の秩序状態が競合する「幾何学的フラストレーション」が生じます。
この2対2の規則は、P. W. Andersonが1956年に磁鉄鉱(Fe3O4)の基底状態を考える中で提案したものです。磁鉄鉱では鉄イオンがFe2+とFe3+の二種類の状態をとり、四面体ごとにそれぞれが2個ずつ入ると、電荷の偏りを小さくできます。ところが、実際の磁鉄鉱の低温構造はより複雑で、この単純な2対2のパターンがそのまま結晶全体に並んだ例は長く見つかっていませんでした。また実際の物質では、電荷だけでなく、原子間の短い結合や電子軌道の向きも秩序を左右します。
CuIr2S4も、四面体がつながった格子をもつスピネル化合物です。常圧で温度を下げると、Ir原子同士が短い結合を作り、金属から絶縁体へ変化します。さらに圧力を加えると別の結晶構造へ変わり、もっと高い圧力では超伝導が現れることも知られていました。しかし、超伝導へ向かう途中にある高圧構造で、原子と短いIr-Ir結合がどのように並んでいるかは未解明でした。
高圧下のX線回折では、試料が極めて小さく、複数の回折ピークが重なりやすいため、多数の原子位置を実験だけで一度に決めることは困難です。そこで本研究では、X線回折から得られる実験的な手がかりと、第一原理計算から得られる物理的に妥当な原子配列を組み合わせました。

図1:X線回折実験と第一原理計算を組み合わせた構造解析の流れ。まず、X線回折データから結晶の大枠とIr原子の骨格を絞り込みます。次に、その骨格を出発点として第一原理計算により原子配列を整え、得られた構造を回折データ全体と照合することで、すべての原子位置を決定します。左側の赤丸は観測した回折強度、黒線は構造モデルから計算した強度、青線は両者の差を表します。淡黄色部分は解析の進展で一致度に大きな改善が見られた部分を示す。

研究成果の内容

研究グループは、SPring-8の高圧構造物性ビームラインBL10XUで、二つのダイヤモンドの間に試料を挟む装置を用いて粉末X線回折を行いました。ヘリウムを圧力媒体とし、室温で約25.7 GPa(大気圧のおよそ25万倍)まで圧力を加え、原子配列の変化を追跡しました。
圧力を上げると、金属状態の単純な原子配列から、より複雑な絶縁状態の配列を経て、さらに高い圧力で新しい原子配列へ変化することが分かりました。また、従来は独立した構造と考えられていた中間の圧力領域が、前後の二つの構造が混在する領域であることも明らかにしました。
まず、回折データから結晶の大枠とIr原子の骨格を絞り込み、次に第一原理計算で原子配列を整え、最後にその構造を再び回折データ全体と照合しました(図1)。このように実験と計算を往復することで、二つの異なる圧力で得たデータの双方から同じ構造を安定に決定できました。
常圧で冷却したときに現れる構造と、今回決定した高圧構造は、どちらも短いIr-Ir結合をもちますが、その並び方は大きく異なります。高圧構造では短い結合が新しい周期パターンを作り、各Ir四面体を構成する4個のIr原子のうち2個が短いIr-Ir結合の形成に関わり、残る2個は関わらないという「ボンドの2対2」配置になります)。

図2:Andersonが磁鉄鉱(Fe3O4)の基底状態について提案した2対2の電荷配置(中央)と、本研究で見いだした2対2のボンド秩序(右)の対応。磁鉄鉱では、四面体ごとにFe2+とFe3+が2個ずつ入る配置です。CuIr2S4の高圧構造では、4個のIr原子のうち2個が短いIr-Ir結合の形成に関わり、残る2個は関わりません。右図の色分けは、短い結合に関わるIrと関わらないIrを区別するための模式的な表現であり、Irの形式価数を表すものではありません。
Andersonはこの規則を、四面体上の二種類の電荷が2対2に並ぶ条件として示しました。本研究で観測したのは、それに対応する「ボンドの2対2」秩序です。CuIr2S4では電荷が完全な整数として分かれているわけではありませんが、短い結合に関わるIrと関わらないIrが四面体ごとに2個ずつ並びます。約70年前に電荷の並びとして提案された規則が、結合の並びとして現れたと理解できます。
さらに第一原理計算では、圧力を高くすると、今回見いだした短い結合の並びが安定になることが示されました。これは、圧力によって新しいボンド秩序が選ばれるという実験結果を支持します。

社会的な意義

本研究は、約70年前に磁鉄鉱の基底状態を考える中で提案された2対2の規則が、CuIr2S4ではボンド秩序のパターンとして現れることを、原子レベルの構造として示しました。圧力によって、常圧とは異なる結合の並びが選ばれたことになります。これは、電荷、電子軌道、原子間結合、格子の変形が競合する物質で、圧力が新しい秩序を生み出す仕組みを理解する手がかりです。
また、高圧下の微小試料では、回折ピークの重なりや複数構造の混在によって、原子配列を決めることが難しくなります。本研究では、回折実験で構造の骨格を絞り、第一原理計算で原子配列を整え、再び回折データで全原子構造を確かめる手順が有効であることを示しました。LiV2O4のように、パイロクロア格子物質には、高圧下で原子や電子が秩序化し絶縁体となるものが数多くあります。今回の手順は、こうした物質群の複雑な高圧構造に広く適用でき、高圧下の新物性探索を支える汎用性の高い方法です。
CuIr2S4では、さらに高い圧力で金属化し、この物質としては高い転移温度をもつ超伝導が現れることも報告されています。本研究は超伝導の仕組みそのものを直接明らかにしたものではありませんが、その手前にあるボンド秩序をもつ高圧構造を決定したことで、超伝導が生まれる母体を理解するための基盤を与えます。今後、圧力による構造、電子状態、超伝導の変化を連続的に調べることで、高圧を利用した新しい物性の開拓につながることが期待されます。

(論文情報)

論文名:Crystallographic origin of pressure-induced bond order in the frustrated spinel CuIr2S4 掲載誌:Communications Chemistry
著者:Masatoshi Emi, Tsubasa Ohashi, Keita Kojima, Koudai Sugimoto, Kazuyuki Matsubayashi, Kenta Oka, Hirokazu Kadobayashi, Saori Kawaguchi-Imada, Daigo Ito, Taisei Kubo, Kenta Hashimoto, Hitoshi Kawaji, Hiroyuki S. Suzuki, Shoichi Nagata, and Naoyuki Katayama
DOI:https://doi.org/10.1038/s42004-026-02240-y

(研究資金)

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP20H02604、JP21K18599、JP22KJ1521、JP23H04104、JP23K03286、JP24H01620、JP24K01329、JP26H00599、JP26H00590、JP26K17087)、科学技術振興機構(JST)共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT、JPMJPF2221)、東京科学大学フロンティア材料研究所共同利用研究、東京大学物性研究所共同利用、文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ(ARIM、JPMXP1225UE0024)等の支援を受けて実施しました。

詳細はPDFでご確認ください。

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