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国立大学法人 電気通信大学

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研究者情報:研究・産学連携

研究室紹介OPAL-RING
佐藤(寛)研究室

複雑な社会問題に最適解を与える進化計算の研究

所属 大学院情報理工学研究科
情報学専攻
メンバー 佐藤 寛之 准教授
所属学会 米電気電子学会(IEEE)、米コンピュータ学会(ACM)/遺伝と進化計算(SIGEVO)、進化計算学会、情報処理学会、人工知能学会
研究室HP home 佐藤(寛)研究室
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掲載情報は2023年4月現在

佐藤 寛之 Hiroyuki SATO
キーワード

ソフトコンピューティング、計算知能、進化計算、最適化、多目的最適化、意思決定支援

環境に適応した個体が生き残り、そうでない個体は淘汰(とうた)されるという生物の遺伝と進化の過程をモデル化した「進化計算」は、近年多方面で活用されています。例えば、新幹線の“顔”である先頭車両の形状や、最近では超電導リニアの先頭形状、また航空機の翼の形状などの設計に進化計算が用いられています。

設計図を掛け合わせる

生物の進化では、環境適応度の高い個体が親となり子をもうけるため、次の世代は前の世代よりも平均的に適応度の高い集団になります。この親選択と交配が繰り返されることで、優秀な遺伝子が次世代に受け継がれているのです。
遺伝子は単なる情報(データ)であり、自動車なら「設計図」に相当します。そうとらえると、優れた二つの遺伝子の掛け合わせから優秀な子が生まれるように、優れた設計図同士を掛け合わせれば、最適な自動車の設計パターンが得られます。情報を進化させるだけで、熟練技術者のスキルなどに頼らずに最適な設計が可能になるのです。これが進化計算を自動車の設計に応用した際のイメージです。

人間が介在せずに、最適化された解を自動で見いだせる進化計算は、適用先を選ばない汎用的な手法です。数学的なモデルは必ずしも必要なく、問題についての解の優劣の判断ができれば使えるため、適用先の領域の知識がなくても解を求められるのが特徴です。近年、最適化の対象物とその目的は複雑かつ大規模化していますが、目的関数がブラックボックスのままで最適化できる点も大きなポイントでしょう。

多数目的最適化問題

佐藤寛之准教授はこの進化計算の分野において、より複雑な問題を扱うためのアルゴリズムを研究しています。従来の進化計算では、例えば自動車の例なら、燃費性能と加速性能という二つの目的を満たす最適解を見つけることが限界でした。しかし、実際の自動車の設計では、衝突安全性能や制動性能、騒音性能などほかの指標も考慮して性能のバランスを決める必要があります。
そこで佐藤准教授は、目的の数が10個程度まで増えても進化計算を適用できる新しいアルゴリズムの研究に取り組んできました。社会の多くの問題が、三つ以上の目的を持つこうした「多数目的最適化問題」であるといえます。

特に、単一目的の最適化の場合は、ひとつの最適解を提示することから、現場側が採用を拒否するといった傾向にありましたが、多目的最適化の場合は複数の最適解を提示するために、「意思決定権が人に委ねられ、心理的に受け入れられやすくなって進化計算の導入が進んだ」と佐藤准教授はその普及の要因を語ります。

実社会の問題に適用

その結果、ここ数年で応用研究がかなり進展しました。例えば、三菱電機が進めるネット・ゼロ・エネルギー・ビル(ZEB)のためのオフィスビルの制御パラメータを最適化する研究では、トレードオフの関係にある「人の不快度」と「消費電力」を抑える空調、照明、換気設備の設定をシミュレーションを用いて導くことができました。
物流分野では、全国に複数の倉庫を構えるアスクルと在庫配置の最適化に関する研究を行いました。消費者が一度に複数の商品を注文した場合、商品を一つの箱にまとめた上でできるだけ近い倉庫から配送した方がコストが安くなります。進化計算を用い、複数の倉庫から商品を配送する荷分かれや遠距離配送を避けることで配送費を抑えつつ、在庫量を減らすための最適解を求めることができました。佐藤准教授は今後、材料開発などより幅広い分野に進化計算を適用していきたいと考えています。
生物の仕組みを生かし、環境に適応させて情報をどんどん進化させていくことができる進化計算は、産業界での活用から社会問題の解決、さらには我々の日常生活に至るまで、あらゆる領域で大きな指針となるに違いありません。

未来を予測する研究も

そのほか、佐藤准教授は時系列予測の研究にも取り組んでいます。次世代の人工知能(AI)基盤技術の一つである大脳新皮質学習アルゴリズムの研究で、既存の深層学習が得意とする「識別知能」に対して、大脳新皮質学習は人間のように未来を予測する高度な「予測知能」を獲得することができます。
時系列予測は意思決定に必要であり、人間の未来に対する不安を軽減する意味でも不可欠な技術です。例えば、現時点でのウイルス感染者数の時系列データから未来の感染者数を予測できれば、早い時期から適切な対策が取れるでしょう。まだ基礎研究の段階ですが、実際の観測データをもとに平均気温を予測したり、電力消費量を予測したりといった研究を進めており、将来は企業との共同研究に発展させていく予定です。

【取材・文=藤木信穂】