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研究者情報:研究・産学連携

研究室紹介OPAL-RING
饗庭 研究室

聴覚に見る「演奏技能」と「職人技能」

所属 大学院情報システム学研究科
情報メディアシステム学専攻
メンバー 饗庭 絵里子 助教
所属学会 音響学会、心理学会、音楽知覚認知学会、情報処理学会
研究室HP https://sites.google.com/site/aebaeriko/Home
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掲載情報は2015年8月現在

饗庭 絵里子
Eriko AIBA
キーワード

聴覚心理学、聴覚生理学、聴覚抹消系、聴覚の時間的側面、人間情報学、演奏技能、職人の技能、感性情報学

饗庭絵里子助教は、芸術大学のピアノ科を卒業しています。ピアニストとして研鑽を積む中で、音に対するヒトの知覚について多くの疑問を抱くようになり、「聴覚」の仕組みについて研究するようになったといいます。
ピアノの演奏では通常、複数の鍵盤を同時に押さえて和音を奏でます。その際に、すべての音がピタリと合っているかどうかに演奏家の腕前が表れるとされています。一方で、ピアニストは目立たせたいメロディーの音だけを、他の音に比べてわずかに先行させて演奏することで、メロディーの音を浮き立たせるという演奏テクニックも使っているそうです。この時、音がズレたと気づかれてしまうと、演奏が乱れたと思われかねません。そのため、音のズレが知覚されないように、数十ミリ秒オーダーで演奏を制御しているのです。まさに"絶技"の域だと言えるでしょう。

ピアニストの聴覚

脳波(聴性脳幹反応)を計測している様子
電磁波を遮断するシールドルーム兼防音室(演奏実験用ピアノを設置)

饗庭助教は、プロのピアニストと、楽器演奏の訓練を受けたことのない人とで音のズレの検出能力を比較しました。その結果、音の種類に依存して多少の変動はあるものの、プロは1ミリ秒未満の音のズレを検出できることが分かりました。一方、訓練経験のない人は、約2ミリ秒の遅れをようやくズレと認識したのです。
訓練の結果として生じるこの違いは、聴覚のどんな機能によるものなのでしょうか。饗庭助教は、脳波などを計測し、聴覚の時間的な情報処理の過程を細かく解析することで、脳の神経活動に違いが表れていることを示しました。今後も、音に対するヒトの知覚特性の計測や脳機能の計測を通じて、聴覚の新たな役割や機能を見いだそうとしています。
こうした基礎研究に加えて、饗庭助教は、実践的な演奏技能と聴覚との関係についても研究しています。例えば、こんな実験を行っています。複数のプロのピアニストを対象に、知らない曲の楽譜を用意し、最後までなるべく中断せずに初見でピアノを演奏してもらいます。その間、被験者の視線を追跡し、楽譜を見ているのか、あるいは鍵盤を見ているのかを観察して記録します。その後、約20分間の自由練習を経て、今度は予告せずに楽譜を見ずに弾いてもらい、どれだけ暗譜できているのかを調べました。

視覚または聴覚の優位性

運動に至るまでの情報処理経路の違い

その結果、楽譜から目を離さずに弾く傾向のある「視覚情報が優位な人」は、主に視覚から得た情報を利用して演奏しているためか、ほとんど暗譜ができていませんでした。これに対して、楽譜を見ながら自らが演奏した「音」の情報を活用していたと考えられる「聴覚情報が優位な人」は、自分が演奏した音楽を一旦記憶しておく必要があるため、暗譜が得意で最後まで正確に弾けた人も多かったのです。
これは、視覚、聴覚どちらの情報を使って運動に変換する方が有効なのか、ということを示す結果ではありません。視覚を駆使して学習する人もいれば、聴覚に頼って学習する人もいるのです。たとえ、運動(ここでは演奏)の結果がほとんど同じだったとしても、「学習の形態は人それぞれであって、それは情報処理の経路が異なるからではないか」と饗庭助教は予測しています。特に、聴覚を優位に使っている人は、学習の過程で一度「記憶」の処理を踏んでいる可能性が高いと考えています。今後、脳機能計測などを行い、この根拠を突き止めることを目指しています。

学習方法の提案

饗庭助教はピアノ講師として働いた経験もあり、そこでは楽譜を読むのが得意な子、お手本を聴いた方が早く弾けるようになる子など、個性によってさまざまだったそうです。自分に合った方法で学習することで、その効果がより良く表れ、到達できるレベルを高められることは言うまでもありません。饗庭助教は、楽器の演奏に限らず、あらゆる分野の学習に適用できる見込みがあると考えており、「将来は、脳機能計測などを行わずに、行動の傾向だけで、個人に合った学習法を提案できるようにしたい」と考えています。

職人技と聴覚

演奏技能のほかにも、饗庭助教は職人の技能と聴覚の関係についても研究しています(京都工芸繊維大学「伝統みらい教育研究センター」との共同研究)。モノづくりや伝統工芸といった世界では、職人が「音」によって、その手作業の感覚や完成度を確かめていることは容易に想像がつきます。目だけで確認できることは限られているためですが、五感を総動員してモノを作る職人は、こうしたことを意識せずに、自然と聴覚を研ぎ澄ましているのでしょう。
例えば、饗庭助教は、金属加工会社((株)KOYO熱錬)と協力して実験を行いました。職人にとって、研磨中の音は、金属をうまく削れているかどうかの重要な指標になります。実際に作業中の音を録音し、熟練の職人と見習いの職人とで、その音にどんな違いが出るかを比較しました。

成人の頭と胴体の平均的な音響特性が測れる「ヘッドアンドトルソシミュレータ」を使った音響測定の様子

伝統文化の音

また、茶道の作法なども実験対象にしています。抹茶を入れた茶椀にお湯を注ぎ、茶せんで素早く泡点て、最後に泡を整える―。「お茶を点てる」という日本の伝統文化の一連の振る舞いも、音がその手加減を判断する重要な役割を担っていることが分かりました。饗庭助教はさらに、文化財の修復作業の現場などにも足を運んで実験しています。
音を聴覚でとらえ、聴覚の機能によって、それを効率良く運動に変換する。こうした仕組みは、楽器の演奏でも、モノづくりでも共通しています。「音」で技能を捉えることができれば、技能の訓練にも役立つでしょう。人口減少時代を迎えた日本にとって、モノづくりや伝統工芸における技能の伝承は喫緊の課題でもあります。饗庭助教はこうした研究を通じて、産業界などと協力し、「職人の効率的な技能習得に貢献したい」と考えています。

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