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国立大学法人 電気通信大学

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新たな世界を切り開け 電気通信大学が挑み続ける最先端技術の研究。
それはどんなコンセプトのもとに実践され、具体的にどんな取り組みがなされているのか、
キーパーソンに聞いた。

ナノ世界の摩擦の謎を解き明かし、革新的省エネルギーシステムの実現へ。教授 佐々木 成朗

ナノ世界の摩擦の謎を解き明かし、

革新的省エネルギーシステムの実現へ

 二つの物体をくっつけてこすると、それを邪魔するかのように接触面に抵抗が働く。これが日常生活で普通に経験する摩擦だが、実はこの摩擦、国内だけで何兆円にもおよぶ莫大な経済損失を引き起こしている現象でもある。2017年に設置されたナノトライボロジー研究センターは、摩擦のメカニズムを原子、分子の大きさであるナノ(ナノは10億分の1)メートルのレベルから解き明かし、摩擦の制御を通じて経済損失を軽減するとともに、新材料開発の後押しや新たな学問の確立につなげることを目指している。

 センター長の佐々木成朗教授は「本学では光学や電子工学の分野で充実した研究が行われています。この強みを生かし、これらの分野の研究者と協力することで、最終的には摩擦を自在に制御し、そこからエネルギー変換効率に優れた革新的エネルギーシステムをつくり出したい。システムという言い方をしたのは、システムを構築するための指導原理を提案する基礎研究だけでなく、その原理に基づいたデバイスや材料を設計する応用研究も狙いにしているからです」と説明する。このように佐々木教授は基礎(理学)と応用(工学)の両分野を橋渡しする役割も担っている。

 摩擦現象のナノメートルスケールでの振る舞いを研究するナノトライボロジーは、トライボロジー(摩擦・潤滑・摩耗に関する科学・技術)がカバーする領域の一つである。ナノテクノロジーの発達にともなって急速に発展した比較的新しい学問でもある。摩擦という普遍的現象を研究する意義は、解明した原理、原則を多方面の科学技術に活用できる可能性が高いことにほかならない。エネルギーの効率的な利用が叫ばれるなか、摩擦の研究は産業分野への貢献度合いが高く、省エネルギー問題を解決するカギを握っている。

 一方、この研究の難しさはナノメートルの世界になると、物体同士がこすれ合う摩擦の効果が大きくなるところにある。佐々木教授は「物体が小さくなると表面の効果(体積に対する表面積の比率)が大きくなり、それにともない摩擦も大きくなります。例えば1辺の長さが1センチメートルの立方体を1ナノメートルまで小さくすると、表面効果は10の7乗倍、すなわち1000万倍にまで増加し、摩擦の効果がとてつもなく大きくなってしまうのです」と明かす。ナノメートルの世界では想像を絶する摩擦の壁が立ち塞がるというわけだ。


世界初!超低摩擦を達成した
超潤滑システム研究

 この現象に関連し、佐々木教授の研究成果の一つとして、よく知られているものに「摩擦ゼロ(正確には超低摩擦)の超潤滑システム」がある。炭素原子がネットワークを組んでサッカーボール状になったフラーレン(C60)分子を使い、ボールの動きやすさを利用して超低摩擦を達成しようというもの。ビー玉をばらまいた床の上で板を滑らせると、わずかな力で板は滑り出す。同じ現象がナノスケールでも起きるのではないかとの発想で、例えるならC60分子のベアリング(軸受)だ。

 具体的には、グラファイト(黒鉛)の板と板の間にC60分子をはさんで、グラファイトとC60分子膜のサンドイッチ構造を作って滑らせると、摩擦が数10ピコニュートン(ピコは1兆分の1)のオーダーまで小さくなることを見出した。これは、摩擦力顕微鏡でも計測困難な大きさで、摩擦ゼロと言ってよい超潤滑状態が発現することを意味している。世界初となるこの成果は実験研究者との協力により見出され、分子ベアリングが強力な摩擦軽減システムとして多方面に活用できる可能性を実験と理論の両面から示唆している。マイクロ・ナノマシン用の潤滑剤をはじめ、各種機械部品用のめっきへの応用が視野に入っている。

基礎に立ち戻り物体表面の原子の並び方に着目

 こうした多様な分野への応用を睨んだ研究と並行し、佐々木教授が改めて目を向けているのは、そもそも摩擦の前提となる物体同士の「接触」とは何か、といったベーシックなテーマだ。その背景として、摩擦にからむ原子、分子スケールの力学現象がナノサイエンスの発展により解明されてきたことが挙げられる。

 「机の上に物体を置いて滑らせる場合、物体をどの方向に滑らせても摩擦の大きさはほとんど変わりません。ところが原子の世界では、原子の並び方が摩擦に影響するようになり、物体をどの方向に滑らせるかによって摩擦の大きさが大きく変わってしまうのです。これを摩擦の異方性と呼びますが、接触部分の原子の並び方が近いほどかみ合いやすくなるため摩擦が大きくなります。実はこうした異方性が重要な役割を果たすのは摩擦現象に限ったことではありません。たとえば米国の研究グループは、炭素原子のネットワークのシートであるグラフェンシートを約1.1度の角度だけずらして重ね合せると、1.7 Kで電気抵抗がゼロになって超伝導が発現することを明らかにしました。このように異方性に目を向けると、摩擦は電気物性とも深く関係していることが分かります。このことから、摩擦を理解することが力学や電磁気学など異なる学問分野の橋渡しとなり、新しい学問分野を創出することが期待されるのです」

   
   
 

 佐々木教授は目下、基礎研究の一環として、ナノスケールの接触部を数理的に取扱い、超潤滑を再定義することに挑んでいる。これらの研究が進めば私たちが物理の授業で習った摩擦の法則が書き換えられる可能性がある。

   

 本研究の応用展開に関連して技術向上を目指した産学連携研究の要請がある。その理由として摩擦現象に対する産業界側の意識の変化があるようだ。例えば金属製品をみても、最近は鋳型と金属材料間の摩擦が加工時の変形に関わることを考慮して、製品品質管理の高度化を追求する流れがあるという。鉄・非鉄金属の生産現場でもナノレベルの摩擦の制御が必要な時代になりつつあると言える。そこでナノトライボロジー研究センターが優先度の高いミッションと位置付けるのが、摩擦の大きさを自在に制御することによる省エネへの貢献だ。この実現に向けレーザー、オプティクス、エレクトロニクスなど本学がもつ充実した研究力を生かして協力体制を組み、まったく新しい省エネルギーシステムの創出を目指している。

   

 また佐々木教授は別のポイントとして摩擦と熱との関係を挙げる。「物体同士をこすると摩擦によって熱が発生して原子が振動しますが、この熱エネルギーは時間とともに散逸し(逃げ)ます。もし発生した熱エネルギーを一定時間保持するなどしてエネルギー散逸を直接制御できれば、摩擦の制御技術が飛躍的に進展し、画期的な省エネルギー技術やエネルギー変換システムにつながるはずです。」と自信を示す。

   

 こういった研究が進展すれば将来的にはナノからマクロまでこちらが望むスケールで摩擦を任意に制御できる時代が到来するかもしれない。