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国立大学法人 電気通信大学

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お知らせ

【ニュースリリース】アルカンとベンゼンの直接結合反応のための金属ナノ粒子-ゼオライト複合触媒を開発

2023年09月07日

本研究のポイント

・ゼオライト外表面にPd粒子を担持した触媒でアルカンとベンゼンの直接反応を実現
・細孔内の酸点からPd粒子への水素移動によって反応を促進
・ミュオンを用いてゼオライト中に生成する原子状水素を模擬し、その安定性を評価

研究概要

三輪寛子特任准教授(燃料電池・水素イノベーション研究センター)が参加する本倉健教授(横浜国立大学大学院工学研究院、東京工業大学物質理工学院応用化学系(特定教授))、美崎慧氏(東京工業大学物質理工学院応用化学系、研究当時大学院生)、伊藤孝研究副主幹(日本原子力研究開発機構)らの研究グループは、ゼオライトの外表面にPdナノ粒子を担持した触媒を開発し、この触媒を用いてアルカンとベンゼンの直接結合反応を実現しました。従来のアルキルベンゼン合成では副生成物が大量に排出されますが、本手法を用いると水素あるいは水のみが副生成物となります。ゼオライトの酸点からPdナノ粒子への水素原子の移動がこの反応の鍵であり、μ+SR法を用いた測定から原子状水素がゼオライト中に生成した場合、反応に必要な時間にわたってその状態を維持し得ることが示唆されました。
本研究成果は、国際科学雑誌「ACS Catalysis」に受理され、オンライン版が2023年9月6日(米国東部夏時間)に公表されました。また、本研究成果は、科学研究費補助金 学術変革領域研究B「表面水素工学」における共同研究になります。

研究成果

ベンゼンとアルカンから直接アルキルベンゼンを合成する手法は、副生成物が水素(H2)あるいは水だけとなります。ベンゼンとハロゲン化アルキルからアルキルベンゼンを合成する通常の手法と比較して、本手法は副生成物を削減できるだけでなく、入手容易なアルカンを基質とする点にメリットを有しています(図1)。

図1. 従来のアルキル化反応と副生成物を低減した本手法の比較

図1. 従来のアルキル化反応と副生成物を低減した本手法の比較

アルカンを直接活性化して合成反応に用いることは難しく、高活性な触媒が必要となります。本研究グループでは、アルカンを活性化してベンゼンと結合させる強力な固体酸触媒と、アルカンとベンゼンから引き抜かれた水素原子を再結合させる担持金属触媒を別々に用いることで、この反応が進行することを報告してきました(図2)。この反応系では別々の固体粒子である、酸触媒と担持金属触媒の間を水素が移動する必要があります。そこで本研究では、固体酸触媒(H-ZSM-5)の外表面に金属ナノ粒子触媒を担持することで、水素の移動距離を短縮した新たな触媒Pd/H-ZSM-5を開発し、ベンゼンとアルカンの直接結合反応を試みました(図3)。

図2. 長距離の水素移動を伴う以前の報告

図2. 長距離の水素移動を伴う以前の報告

図3. 水素の移動距離を短縮した本手法の概念図

図3. 水素の移動距離を短縮した本手法の概念図

Pd/H-ZSM-5のTEM(透過型電子顕微鏡)およびPd K-edge FT-EXAFSスペクトルを示します(図4)。TEM測定結果から粒子径5-6nmのPdナノ粒子がH-ZSM-5の外表面に存在していることが分かります。EXAFS測定結果から、Pd粒子は反応前のPdOから反応後は金属Pd粒子へと変化していることが確認されました。

図4. 反応前(左)と反応後(中央)のPd/H-ZSM-5触媒のTEM画像と、反応前後のPd K-edge FT-EXAFSスペクトル(右)

図4. 反応前(左)と反応後(中央)のPd/H-ZSM-5触媒のTEM画像と、
反応前後のPd K-edge FT-EXAFSスペクトル(右)

この触媒を用いて、トルエンとn-ヘプタンとの反応を行いました。Pd/H-ZSM-5ではアルキル化生成物の選択率を95.6%と高い値に維持したまま、トルエンの最大転化率が58.5%に達した。このときの、Pd基準の触媒回転数は44.6となりました(図5)。H-ZSM-5と担持Pd触媒を別々に混合した場合、転化率11.6%、触媒回転数3.4であり、固体酸触媒とPd粒子を複合化することで触媒活性が向上していることが分かりました。

図5. Pd/H-ZSM-5によるトルエンのアルキル化反応

図5. Pd/H-ZSM-5によるトルエンのアルキル化反応

次に、トルエンとシクロペンタンの反応を行ったところ、トルエンのパラ位にシクロペンタンが付加した生成物が選択的に得られました(図6)。この結果は、アルキル化反応がゼオライトの細孔内で進行していることを示しており、図3に掲載した反応機構を指示しています。

図6. Pd/H-ZSM-5によるトルエンとシクロペンタンの反応

図6. Pd/H-ZSM-5によるトルエンとシクロペンタンの反応

提案する反応機構では、原子状水素(H)が酸点から金属粒子へと移動します。そこで、ゼオライト中に生成した原子状水素をミュオン(擬水素)により模擬し、その化学的な寿命をµ+SR法により推定しました。図7には各温度におけるゼオライト(H-ZSM-5、H-mordenite)中に生成した原子状擬水素の寿命の下限値を示しており、サブマイクロ秒(10-7秒)のオーダー以上の寿命をもつことが明らかになりました。一方で、固体酸触媒反応の中間体として知られる2級カルボカチオンの寿命はフェムト秒~ピコ秒(10-15~10-12秒)のオーダーであると言われています。これらの結果は、ゼオライト中に生成する原子状水素種の寿命が、一般的な化学反応の中間体と比較して十分に長く、今回の触媒反応にも関与している可能性が高いことを示しています。

図7. ゼオライト中に生成した原子状擬水素の寿命の下限値を与えるパラメータの温度依存性

図7. ゼオライト中に生成した原子状擬水素の寿命の下限値を与えるパラメータの温度依存性

今後の展開

今後はさらに高難度なアルカンの活性化反応、例えばプロパンの活性化によるクメンの1段階合成等に、アルカン活性化の原理を適用してゆくことが望まれます。加えて、水素スピルオーバーが遅いとされているアルミノシリケート系の固体表面における水素移動機構を明らかにすることは、水素スピルオーバー現象の活用に向けて重要であると考えています。

詳細はPDFでご確認ください。