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国立大学法人 電気通信大学

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お知らせ

【ニュースリリース】タンパク質を用いた視覚ニューロン素子で明暗錯視の検出に成功

2023年12月26日

ポイント

  • *地球最古の生物から採取されたタンパク質だけを用いた視覚ニューロン素子
  • *タンパク質の性質だけでヒトの明暗錯視を再現
  • *タンパク質自身の機能によって、電子部品、ソフトウェア、外部電源が不要

概要

岡田佳子特命教授(基盤理工学専攻)と深澤光さん(研究実施当時大学院生(博士前期課程))が、ヒトの目のように錯視する機能をもつ視覚ニューロン素子を開発し、画像の輪郭検出と明暗錯視検出を実現しました。
光電変換材料として使ったのは、地球最古の生物である「高度好塩菌」の細胞膜から採取された光受容タンパク質「バクテリオロドプシン」です。タンパク質の性質だけで、輪郭部分で生じる明暗錯視を再現することに世界で初めて成功しました。
本研究成果は、米国化学会が発行する論文誌Nano Lettersに日本時間2023年12月4日(木)にオンライン掲載されました。

背景

光を感知する視細胞は、光刺激によって興奮すると同時に隣接した細胞を抑制する「側抑制」と呼ばれるしくみをもっています。抑制する領域が興奮する領域を取り囲むようにして1つのニューロン(網膜神経節細胞)に情報を送るので、中心と周辺がバランスをとるような同心円状の応答領域「受容野」を構成します。側抑制とは、強い刺激をより強く、弱い刺激をより弱くするメカニズムで、輪郭を強調して効率的に物体を認識する働きをします。人工知能AIに関連するニューロモルフィックの立場から、人工視覚ニューロン素子の実現が求められていますが、高度なプログラミングと演算回路やメモリーを備えた複雑な回路構成が必要で、省エネルギーや小型化といった要求を満たすことができないのが現状です。視覚デバイス実現のために、半導体に替わる新しい材料として注目を浴びたのが「バクテリオロドプシン」というタンパク質です。動物の視物質ロドプシンと同様の視覚機能と高い安定性をもつスマートマテリアルとして、人工網膜や視覚センサーに適用されてきました。

成果

本研究では、バクテリオロドプシン(bR)だけを使って、網膜神経節細胞の応答を模倣した視覚ニューロン素子を実現しました。境界線を強調して感じ取る側抑制を再現し、入力画像を走査するだけで画像の輪郭を検出したり明暗錯視することを実証しました。網膜神経節細胞の受容野は中心と周辺領域が同心円状に配置された構造をもち、DOG関数で近似されます(図1a)。DOG関数を2値に簡略化すると、興奮領域と抑制領域がそれぞれ円形とドーナツ型になります。透明電極上にbRをそれぞれの形に成膜して向かい合わせ、電子部品を1つも使わない2値化DOGフィルターを構成しました(図1b)。

図1(a):DOG関数および2値化DOG関数の1次元および2次元形状(挿入図)。(b):2値化bR-DOGフィルターの構造図。

図1(a):DOG関数および2値化DOG関数の1次元および2次元形状(挿入図)。(b):2値化bR-DOGフィルターの構造図。

半導体との相違点は、bR自身がプロトンポンプという光合成機能と、畳み込みという視覚機能をもっていることです。そのため外部電源が不要、演算回路やソフトウェアを使わずに畳み込み画像が得られます。図2に示すように、bR-DOGフィルターに画像を走査するだけでデジタル画像処理と同様の輪郭検出結果が得られました。

図2:画像の輪郭検出結果。

図2:画像の輪郭検出結果。(a)デジタル入力画像(上)とbRフィルターへのプロジェクター投影画像(下)。(b)bRフィルター走査画像(上)とゼロ交差点を抽出した輪郭検出結果(下)。(c)デジタル処理画像(上)とゼロ交差点を抽出した輪郭検出結果(下)。

シュブルール錯視は、隣接した暗い面の境界が実際より暗く、明るい面の境界が実際より明るく見える錯視です(図3a)。bR-DOGフィルターによる実験結果では、隣接した面の境界に明暗の線がはっきりと出力し、明暗の出力比が1:3くらいに非対称です(図3b)。計算機シミュレーションでも境界の明暗線は出力されますが、明暗の出力が対称になっていて実験結果と合いません(図3c)。実はネコのX型網膜神経節細胞に光バーを走査すると正負の応答が非対称(およそ1:3)になるのです。その理由は霊長類のX型網膜神経節細胞の応答時間が中心より周辺領域の方が遅いためで、遅れを考慮した計算機モデルでも非対称が確認されています。本研究で作製したbR-DOGフィルターは単純化しているにも関わらず、神経節細胞の中心周辺間の応答遅延までも忠実に再現した視覚ニューロン素子であることが実証されました。

図3:明暗錯視検出結果。

図3:明暗錯視検出結果。(a)シュブルール錯視画像と出力波形。(b)bRフィルター走査画像と光電流出力波形。(c)デジタル処理画像と出力波形。

今後の期待

生物から「智恵」と「もの」を借りた素子は、高度なプログラミングや複雑な回路を必要としないため、画像処理における計算負荷や消費電力の低減に貢献する環境に優しいハードウェアです。視覚ニューロンの応答を忠実に再現するので、ロボットビジョンなどへの実装だけでなく、集積回路上の人工視覚システムの実現をめざす次世代AI分野に新たな方向性を与えることが期待されます。

(論文情報)
論文タイトル:Photosynthetic Protein-Based Retinal Ganglion Cell Receptive Fields for Detecting Edges and Brightness Illusions
著者:Hikaru Fukazawa and Yoshiko Okada-Shudo(責任著者)
掲載誌:Nano Letters 23 (23), 10983-10990 (2023).
DOI:10.1021/acs.nanolett.3c03257 公表日:2023年12月4日

外部資金情報
本研究は日本学術振興会科学研究費JP18H03258、JP23K11162の助成を受けたものです。

詳細はPDFでご確認ください。